桃城は冷蔵庫の中を見ながら言った。何故桃城が冷蔵庫の中を見ながら、不二にそんな問いかけをしているのかというと青学男子テニス部は毎年恒例の自炊合宿へ、山中の別荘にやってきているからだ。とはいえ麓の町まで行かずに済むよう、来る途中に買い物は済ませたはずなので不二が不思議がるのも当然のことである。
「まだ初日でしょ?これから一週間持たないよね」
「ですね。そうでなくともうちの部員は余計に食いますから」
「桃を筆頭にね」
「やだなぁ不二先輩、オレだけじゃないっスよ」
隣で明るく笑を飛ばす桃城に、内心不二はほっとしていた。
どう考えてもこの状況はおかしい。今晩の材料は勿論、買いだめした肉も野菜も、果てはお菓子類までもごっそりとまとめて持ち出したかのようになくなっている。誰かがつまみ食いをしてなくなるレベルの問題ではない。
では誰が何のために・・・・。
そんな考えが頭をよぎらないわけがなく、今晩の炊事の当番が手塚とだったら拍車をかけて問題を深刻にしてくれるだろうとため息を一つついた。
「仕方ない。また買い物してこようか?」
「でも、もう7時回りましたよ。オバさんは従兄弟の付き添いで病院いっちゃいましたし」
「行くとしたら、歩きしかないかな」
「マジですか?!オレそんな体力残ってないですよ」
「とはいえこのまま餓死するのもいやだし・・・・。みんなに相談してみようか?」
「・・・・まぁたオレ怒られそうな予感・・・・」
桃城は今日の練習での出来事を思い出したのか、うつろに天井を眺めた。
「大丈夫、桃の所為じゃないから。僕が庇うよ」
その練習を見たからか、不二は苦笑気味に桃城を気遣った。背中を一つぽんと叩いて炊事場を後にしたのである。
「食料がなくなった?」
「うん。ごっそりと」
普段に比べ眉間の皺が30%増しの手塚に、不二は恐れもなく言い放った。
「確かか?」
「見間違えると思う?」
一瞬漂う険悪なムードに、何処からともなく胃をさする音が聞こえる。かと思えば、退屈気にもらす欠伸が聞こえてきたりと、なんとも協調性のない部活である。
「桃先輩、つまみ食いしたんじゃないの?」
「馬鹿言え越前。ありゃつまみ食いのレベルじゃないっての」
「先輩、もしかしてこの別荘に俺たち以外の誰かがいるってことはないですか」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・!」」」
誰もが海堂の意見に息を呑んだ。とすれば、一大事だ。一刻も早く警察にきてもらうか、はたまた自分たちがこの別荘を去るべきである。
しかし時は既に日もどっぷり暮れた8時半過ぎ。麓の町までは一本道といえど、地理的知識もなければ懐中電灯すら人数分はない。無論このあたりの地理に詳しいものでも、月明かりと一本の懐中電灯一つで麓の町まで迷わず降りるのは困難な土地。
誰となくため息は漏れ、窓を開けて風に当たるものもいれば部屋を出るものもいた。誰の脳裏にも浮かんだ"恐怖"の二文字。絶望的だと諦めかけたその時、部屋を出ていた乾が戻ってきて口を開いた。
「それはないよ、みんな」
「・・・・・・乾、それはどういうことだ?」
大石が立ち上がる。その大石の期待に応える様、ドアを閉めながら乾は淡々といった。
「この別荘におれたち以外の人間がいる可能性はほぼ0に等しい」
「なんでそんなこと言えるんスか」
もったいぶるなというように越前が喰らいつく。生意気なルーキーといえどまだ13歳なのだ。この状況が怖くないはずがない。
そんな越前の心境を見越してか、乾はひとつ笑をこぼす。
「仮に俺たちが来る前から別の人間がこの別荘に住んでいたとしよう」
まるで探偵のように推理を展開する乾の元には、おのおの自由にしていた部員がいつしか再び集まっていた。
「俺たちがこの別荘に来て、まずはじめにしたことは?菊丸」
「えっと・・・ぁ、掃除!」
「そう。その掃除をした時に、俺たち以外の足跡はなかった」
「そうか、誰かが元から住んでいたならあんなに埃もたまらないし。たまったとしても足跡くらい残るよな」
その河村の一言ではじめて理解した者もいるようで、それぞれが頷く。
「だが、足跡を残さずとも生活しようと思えば出来るだろう」
「さすが手塚。その通り」
無論普通に生活をしていては足跡が残るのは仕方のないことである。
だが、屋根裏などで生活をしていた場合は・・・・?
手塚はそのことを言いたかったのである。
「・・・・・・・でも・・・・だとしたら、そっちの方がヤバいんじゃない・・・・?」
不二の言う通りだ、と言わんばかりに乾は眼鏡を光らせる。
「勿論。屋根裏で生活しなければいけないような人物ならば逃走犯の可能性が高い」
「ちょっ!乾先輩、それ滅茶苦茶やばいじゃないっスか!!」
桃城が半分泣きながら講義する。
「だからこそ、この別荘に他の人間がいる可能性がほぼ0に等しいって言ってるんだよ、桃」
「・・・・さっぱり分からないんですけど」
「つまり、屋根裏で生活して自分の身を隠していた人間が、ごっそりと食材を持っていくはずがないだろう?」
「腹減ってたんじゃないっスか?」
「だとしてもおかしいんだよ」
「仮に乾先輩の言うように逃走犯が潜んでるとして、その犯人が自分の存在を俺たちに知らせて得するかって話」
物分りの悪い先輩にため息を盛大につきつつ説明を加える。
「例えば桃先輩が逃走中の犯人なら、足跡すら残さないように生活してたのに大量の食材があるからって自分の存在がばれるような真似する?」
「滅茶苦茶腹が減ってれば」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・はあぁぁあ。桃先輩に聞いた俺が馬鹿だった」
ふてくされてくるっと半回転した越前をなだめるように不二がフォローに回る。
「まぁまぁ越前。 桃、足跡を残さないように生活できるほどの頭脳を持った犯人が、 一気に大量の食材を持ち出したりはしないってことだよ。例えば毎日ちょっとずつ持ち出したりすれば、部員の誰かがつまみ食いをした程度にしか思わないじゃない。仮に犯人がいるとすれば相当頭の切れた犯人だろうから、そんなヘマはしないってこと。一気に大量の食材を持ち出すなんて、どう考えてもおかしいからね」
分かったのか分かってないのか、桃城は「あぁ・・・!」とうなって腕を組んだ。
「そういうことだ。今日はいつもにもましてやけに物分りが悪いな、桃」
「疲れたんスかね?やけにボーっとするんですよ」
「元からだろ」
「あぁ?何か言ったか、マムシ!!」
「うるせぇな、このピーチキャッスル!!」
「今時バンダナなんて古ィんだよッこの・・・・・」
「いい加減にしろ」
「「すみません。」」
今までの緊迫した状況が、いつもと変わらないこの二人の喧嘩を見て緩んだ。張り詰めた糸が緩んでから怖いのがこの青学である。
「なんだか緊張して損したな」
「そ、そうだね。他に人がいないってわかって安心したよ」
ほのぼの話す大石と河村。
「にゃ〜んか急に眠くなっちった」
「珍しいね、エージがこんなに早く眠くなるなんて」
「ゲームがないからじゃないんスか」
的確に的をつく後輩の首を絞めながらじゃれて遊ぶ菊丸と越前。それを笑いながら見ていた不二が、はたと気を緩めていけないことに気づく。
「・・・・・・・・・・・"この別荘に他の人間がいる可能性がほぼ0に等しい"・・・・・・?」
不二は滅多に見せないような冷や汗を流して乾を見やった。見られた乾は逆ににやりと嫌な笑みを残して壁にもたれ
「さすが不二。よく気づいたね」
かなり満足気である。
「どったの、不二?そんなに顔色悪くして」
「・・・・・・・まさかッ・・・・」
「越前までどうしたんだよ?」
言葉さえ詰まった不二に対し、顔面蒼白ながらも元気は有り余る頼もしい後輩はキッとこの恐ろしい状況に微塵も気づかないのんきな先輩を睨んで吐き捨てた。
「気づかないんですか、先輩たち!別荘に他の人間がいる可能性が0に等しいのに食料はなくなってるんですよ?!」
「越前の言う通り・・・・。人がいないのに食材がなくなるってことは・・・・」
「「「!」」」
緩んだ糸は、再び張り詰めることなくそのまま切れた。部員の集まる大広間には、乾の意味深げな微笑がその場に似合わず浮いていた。
「人間以外の"何か"がいる可能性は否定してないけど?」