ENDLESS PHANTOM 14

 

 出来れば、仲間同士で争う姿なんて見たくなんかなかった。

 例えば意見の食い違い。
 それは大抵真田と幸村くん。といっても口で真田が幸村くんに勝てるはずなんかなくて、一方的に罵られて、けど頑なに意見を曲げない真田に幸村くんがモノを投げてそれは終わり。

 例えばじゃれあい。
 大抵俺と赤也の二人で、それに仁王とか幸村くんとかが面白がって乗ってくる。ちょっとしたじゃれあいが、いつの間にかケンカになるなんてことは日常茶飯事で。けれど互いに本気すれすれのラインは保てていた。

 それが。本気すれすれのラインがなくなると、こんなにも恐ろしく悲しい。

 丸井は重たい体をやっとのことで支えながら、ギリと唇をかみ締める。
 泣いちゃダメだ。気を緩めちゃダメだ。それは分かってるのに、奪われた体力と精神力が己の限界を告げている。

「まずいな…行き止まりじゃ」

 少し先を小走りに駆けていた仁王の足が止まる。
 その仁王の先に見えるのは、確かに無機質なコンクリート。先ほどまでぐるぐると嫌になるほど同じ道を回っていたというのに、ここへ来ていきなり行き止まりはなかなか辛い。

「チッ。どうなんだ、俺ら」

 苛立ちを隠せずに、疲労を隠すために、丸井は壁に背を預けてしゃがみこむ。そんな丸井の本心を見透かしたのかどうかは定かではないが、仁王はゆるく口元に笑みを浮かべるとその隣に同じように腰を下ろした。


 一冊の本から始まった物語。はじめは柳と柳生。見てはいけない「黄泉への入口」を開いてしまったがために「開かずの教室」へと送られた。
 そして出戻った二人が飲み込もうとしたのは、自分の同志。

 寂しかったのだろうか。恋しかったのだろうか。
 今なら。何時間もこの闇をさまよってる今なら、その気持ちも分からなくもない。

 七不思議が作り出したこの闇。
 「黄泉への入口」から始まり、「開かずの教室」である旧校舎から、「呪いの階段」を伝ってこの空間へ。降り立った空間で見たものは、闇夜に妖しく浮かび上がる「紅く咲く桜」。
 手分けして探させた地下校舎で柳生と柳が導いた先は「死への旅路」を奏でる音楽室。壁の向こうに隠されていた隠し通路で聞いたあの酷いノイズは、今思えば「放送室の怨霊」で聞こえるという不思議な雑音だったのではないか。

 自分たちは七不思議すべて、身を以って体験した。それが何を意味するのか、そこまで考える気力はもうすでにない。

 随分と走り回って、そしてこの短時間に多くを体験しすぎた。
 果たしてまだ学校の地下に位置しているのだろうか。そもそも、まだ「現実世界」にいるのか、それすら危ういかもしれない。

「はあぁ…」

 出るものといったら、もはやため息しかない。
 早く出口を探さなければならないのに。足はなかなか立ち上がろうとしない。

「一本道、やったしな」
「だよなぁ。…出口はどっかにあるはずなんだけどなぁ」

 出口がないというのなら。柳と柳生は物質をすり抜けて出てきたのだろうか。あの二人ならそれも可能な気がして、少しだけ気が遠くなる。
 けれど見つけなければならない。ここから出なくてはならない。そうじゃないと、みんなを助ける事なんか出来ないのだ。

 けれど。

「なぁ」
「ん?」
「俺さ、もう前には戻れないかもしれない」

 分かっていたのだ、頭の片隅では。

「戻れん?」

 言いたくはないけれど。信じたくはないけれど。
 現実として、難しい問題はある。

「うん。柳と柳生、あぁ、ジャッカルもかな。一回さ、あんな一面見ちゃったら…なんていうか、ふとしたときに疑っちまいそうで」

 軽く叩くくらいなら、いつだってジャッカルは丸井にしていた。
 けれど本気で殴られたことは一度としてない。

 それは柳と柳生も同じこと。

 どんなに怒らせても、あそこまで冷たい目をして笑う二人を見たことがない。本気で俺達を殺そうとした二人は、二人じゃない。
 今まではそう思っていたけれど。

 もし、無事にここから出られたとして。
 もし、みんなを助けられたとして。

 果たして今まで通りに接することが出来るだろうか。
 仮に今、真田や幸村、赤也が呑まれたとしていても、呑まれた姿を見ていないのだからその三人は今まで通り接することが出来るだろう。
 しかし、他の三人は。

「…前みてぇに、無条件で信頼って…出来ない、かも」

 だんだんと声が弱くなっていく丸井を、仁王は言葉なく見つめた。

「そうじゃな…けど」

 伏せられたまつげが、僅かに揺れると。丸井はゆっくりと仁王を見上げた。
 それがどっかものすごく幼い気がして、仁王は内心で苦笑する。

「そんなことを考えるんは、こっから出た後にせぇ。杞憂に終わるかも知らんじゃろ」
「…あー…うん」

 大きな目が、少しだけ潤んでいる。自分だって限界だ。本当は今すぐにでも気を緩めたら泣きそうなんだ。
 その気の緩みが今、丸井を一瞬襲ったのだろう。

 丸井はくくっと自嘲気味に笑うと、天を仰いでもうひとつ笑った。

「俺、お前と一緒でよかった」

 そしてコツンと壁に後頭部をあわせると、ぐにゃりと嫌な感触がした。

「…ッ!!」

 生きてる。
 壁が、生きてる。

 まるで固まる前のコンクリートだ。まずい、と思って手を突いたところから更にまた飲み込まれ、驚きのあまり声も出すことが出来ない。

「丸井ッ!!!」

 必死に丸井の手をとって引っ張り出そうとする仁王の顔にも冷や汗が浮かんでいる。
 壁から出ようとしても、力をこめようとしても、何故か思考が追いつかない。

 意識がどんどん遠のいていく。

(やっべぇな…もしかして、俺死ぬ…?)

 泣きそうになりながら、必死に叫ぶ仁王の顔をぼんやりと見て、丸井はどこか他人事のように思った。

 

[ update 07.12.06 ]


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 ここまでお付き合い下さり本当にありがとうございました。
 全14話という微妙に中途半端な長さの連載でしたが思いの外連載中に多くの反響を頂きましてとても励みになりました。ありがとうございます。
 (07.12.02)