ENDLESS PHANTOM 13

 

 例え自分のせいだったとしても、今はそれを考えない事にしよう。

 丸井は風の吹く方向へと走りながらそう思う。
 仮に自分の所為だと悲観していても何も始まらないのだ。そして既に始まっている事を終わらせるには、光を目指して走るしかない。例えそれが独りよがりな考えだとしても。

 薄暗いこの通路も、何時間も(経っているかは実際には分からないのだけど)走ったり歩いたり床に埋まってみたりしてみると、だいぶ目が慣れてくるものだ。天井に実は蛍光灯のようなものがついていること、床は通路の部分はタイルっぽくなっているところとコンクリっぽくなっている部分があること、壁はコンクリだけど割りと表面が粗いことなんかが見えてくる。

 外周5周分くらいは走り続けた時、丸井は走っていた目の端で、あまり見つけたくはなかったものを目にした気がした。

「…幸村くん、ちょい待って!」

 ザァッという音が聞こえそうなほど急に丸井は足を止め、そして少し戻って壁を見つめる。それが何をしているのか分からなくて幸村が首をかしげたその隣で、仁王はハッとして声を上げた。

「同じ、道じゃ…!」
「え?」

 壁に片手をついて丸井が頷く。
 赤也は眉間いっぱいに皺を寄せて、ちょっと、と仁王と丸井に向き合った。

「確かに見覚えなくはないですけど…どこもこんな感じじゃないッスか」

 赤也の言う事は間違ってはいない。
 どの通路も似たようなつくりで、はじめに入ってきた通路も、丸井たちが埋まりかけた通路も、全て一見しただけでは区別がつかないほどだ。
 よく見たならば傷や柱の位置などで区別は出来るのだろうが、この暗がりで的確に判断しろと言ってもそれは難しい話。

 けれど丸井と仁王はやたら自信気に、同じ道だと断言する。赤也と幸村が首をかしげるのも無理はない。

 そんな二人の様子を見ながら丸井が、ここ、と言って右手でとんとんと壁を叩く。

「音楽室からここに入ったとき、俺と仁王で印付けといたんだ」
「いつの間に…」
「けどそん印がここにあるっちゅうことは…音楽室は消えたってわけじゃな」
「!」

 絶え間なく変化し続ける迷宮だとでも言うのだろうか。それとも空間自体が闇に呑まれつつあるのだろうか。
 ずっと走り続けていたこの数十分間、同じところをぐるぐる回り続けていただけだと思うと、疲労が途端に体を襲う。赤也が盛大にため息をついて床にしゃがみこむと、ザ、ザ、という音と共に暗がりにぼんやり人影が浮かぶ。
 そしてその人影は、呆然とする4人の前に平然と姿を現すと何食わぬ顔で口角を持ち上げた。

「まさか印をつけているとはな。侮れない奴らだ」
「や、なぎ…」

 久々の再会を味わうまでもない。床にしゃがみこんだ赤也はバッと飛びのくように柳から間合いをとり、幸村は視線を外すことなく柳を見据え、仁王と丸井はいつ何がおきてもいいよう心構えをする。

「いい目だ」

 誰の、とは言わなかった。
 柳はゆっくりと右腕を胸の高さまで上げながら、怪しげな光を瞳に浮かべて4人を見る。そして。

「だが、生きて帰れると思うなよ」

 そう言うや否や、ためらうことなく壁に手を突き入れると、直下型地震が起きたかのように空間全体が大きく揺れ動き始めた。

「蓮二から目を離すなッ!」

 足場がしっかりしない。
 思わず足元を見ていた丸井の耳を突き抜くように幸村の声が鋭く響く。が、柳に視線を戻そうと、前を向いた途端。

 見慣れた褐色の肌が、視界を通り過ぎた気がした。

 ―えっ?

 その影を目で追うより先に、鈍い腹の痛みと共に気づけば床に這いつくばっている。
 覚えてる。まだ、覚えてる。ついさっきも、似たような状況があった。

「丸井ッ!」

 丸井は腹を押さえながら、いつの間にか揺れの収まった床にもう片方の手を着いて立ち上がる。

 見慣れた、いつも優しげな笑顔を向けてくれる彼の瞳には、もう何も映っていなかった。

「ってぇ…。大丈夫、それより…」

 ちら、と視線を向けた先には、ぼんやりと地面を見つめたまま(柳の指示でも待っているのだろうか)両腕をだらしなく下げたジャッカルがいる。
 間に合わなかったか、とただ静かに思った。

 もはや今、自分自身の心情さえも分からなくなってしまった。

 ジャッカルに腹を蹴り上げられて、辛いのか、痛いのか、悔しいのか、憤っているのか。わからない、腹の痛みの所為ではなく、もはや自分の感覚が麻痺してきているかのようだ。

「丸井、仁王」

 そんな丸井の思考を切り裂いたのは、凛とした背中で柳を睨んだままの幸村の声だった。

「お前達だけでも先へ行け」
「幸村くん…悪ィ!」
「ちぃとばかし我慢しとってくれよ」
「簡単に抜けられると思うなよ」

 駆け抜けようとした丸井たちを阻むように、それまで立っているだけだったジャッカルがすばやく身を翻した。と、同時に。

「簡単に抜けてもらわないと困るんスよっ!」

 全力でタックルをかました赤也が、ジャッカルの前に躍り出る。

「ジャッカル先輩止めとくんで、あとで奢って下さいね!丸井先輩、仁王先輩!」
「まかしとけ!」
「俺は奢らん!」

 そしていつでも駆け出せるよう準備が整った二人を見て赤也が嬉しそうに笑うと再びジャッカルと間合いを取った。
 そして幸村の隣に並び、へへっと笑う。

「ジャッカル先輩の相手は任せて下さい。ジャッカル先輩も大好きだけど…仲間を蹴るなんてジャッカル先輩じゃねぇ」
「ふふ、威勢がいいな赤也」

 幸村もまた、軽く笑う。
 そして足首を回しながら制服の袖を肘まで捲り上げ。

「さて蓮二。お前、俺の好きな蓮二じゃないから手加減はしないよ?」
「ふっ。だいぶ早くにお前は俺を疑っていたようじゃないか。どこでわかった」

 柳が余裕の態を崩さずそういうと、幸村も同じように口角を持ち上げて鼻で笑った。

「柳蓮二は完璧主義者なんでね。噂の出所がわからない未確定事項を嬉々として話すようなやつじゃないんだよ」

 と言うと同時にジャッカルの脇をすり抜け柳目掛けて右足を振り上げた。が、それを柳は見切っていたのか、両腕をクロスして受け止める。
 互いに凍てつくような視線を一瞬間交わし、ニィと不敵な笑みを浮かべると両方飛びのいて間合いをとる。
 その後ろでは赤也が壁をもえぐりそうなほど豪快にジャッカルの体を蹴り倒すと、丸井と仁王に目で合図を送る。

「俺らの脚グセの悪さは蓮二、お前が一番良く知ってるはずだ」

 幸村が余裕綽々にポケットに手を突っ込んだのが合図だった。
 丸井と仁王は痛みさえ感じていなさそうなジャッカルの両脇を同時に駆け抜け、幸村が第二撃を柳に入れた瞬間を狙って通路の奥へと足を進める。

(あと少し、きっとあと少しなんだ…!)

 風が強くなってきた。きっと出口は近い。
 そうひたすら心で思いながら、仲間の思いを胸に、そして足技だけで戦いあってるとは思えない轟音を後ろに闇を駆け抜けるのだった。

 


[ update 07.12.04 ]

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 どうしよう、あと1話だって…!
 (07.11.17)