ENDLESS PHANTOM 11

 

 闇が更に濃くなった。と、同時にほぼ無音の状態になった。
 カツ、カツ、と響く足音は頼りなく、虚しい。

 長い事歩いて、走って、立ち止まっては何かが起きて。その繰り返しで、体力も精神力もだいぶ削られている気がする。
 丸井はふぅと長めに息を吐くと、最後尾を歩く可愛い後輩を一瞥する。

(ふてくされたい気持ちは、わかるけどな)

 赤也が日ごろ、柳になついているのは誰が見ても明らかだった。本当に兄のように慕っていた。
 だからこそ先程の通路で柳と柳生を置き去りにしたことが気に喰わなくて、一人とぼとぼ最後尾を歩いている。
 可愛らしいじゃないか。
 丸井はそう思う。

 実際、可愛いものだ。態度に表すくらい。
 可愛くないのは、真田だ。一番前を歩く背中は、全員揃っていた時とまるで違う。不満があるなら言ったらいいのに、とも思うが、敢えて言わないのが真田のいいところだとも知っている。
 結局のところ、真田だって赤也と一緒なのだ。兄のように、という感情こそないものの、これまで一緒に過ごしてきた大事な仲間を置き去りにされた。もし、自分が柳と柳生が黒幕だと疑ってなかったなら、きっとこの二人と同じ態度をとっただろうなと自覚くらいは出来る。

「何スか、さっきの」

 ぼそりと。均衡を破るように赤也は口を開いた。
 その言葉に先頭の真田は足を止める。自然、他のメンバーも足を止める事になる。
 仁王は腕組みしたまま壁に寄りかかり、丸井と幸村は苦笑交じりに視線を交わす。

「何で柳先輩を見殺しにするような真似…っ!」
「あれは柳じゃなか」

 その赤也の悲痛な叫びを遮るように、仁王は赤也の目を真っ直ぐ見て言った。

「本人であって本人じゃないんだ」

 突然の仁王の告白に少々面食らいながらも、幸村は赤也に歩み寄って、その頼りない肩に手を添える。
 わからない、という顔をしているのは赤也だけじゃない。幸村の後ろに無言で立つ大男もまた、現状を飲み込めてはない。

 二人とも話はしょりすぎ。
 先程とは異質の、けれど長めに吐いた丸井の息はその場の空気さえも柔らかくした。

「つまりな、真田、赤也。あれは、柳の皮を被った偽者、ってわけ」
「偽者だと?」
「あぁ。けどたぶん体は本人のものだ」

 こんな時に、どれほどこの仲間が自分にとってかけがえのないものかを痛感するというのは、あんまりにも皮肉な話じゃないだろうか。
 そしてまたその逆も。

 真田は合点がいった、というように眉を寄せ目を閉じた。
 思い当たる節はどうやらあるようだ。

「どういう、ことっすか」

 その声に赤也を振り向けば、少々回転のよくない頭を持った後輩は真田よりもぐっと眉を寄せて幸村を見上げている。

「ここからは俺の推測だけど…」

 空気の割には柔らかい声が、ふわりと赤也に降り注ぐ。もしかしたら一番つらいのは目の前の後輩なのかもしれないと思うと、その癖の強い頭に手を置かずにはいられなかった。

「おそらく七不思議全てを知るというのが鍵なんだ」
「…成る程な。それで全部繋がった」

 それまで黙って腕組みしていた仁王は、詐欺師と呼ばれるに相応しい笑みを口元に浮かべると、くつくつと喉で笑った。

「そして闇は闇を作る…、ちゅうわけじゃな」
「たぶんね」
「そこ二人だけで話を進めんなよ」

 呆れたように丸井が言えば、幸村と仁王は不敵な光を瞳に浮かべた。

「よく言うよ、丸井ももう殆どわかったんだろ」
「すっとぼけても無駄じゃよ。説明すべきは真田と赤也に、じゃろ」

 よく言うよ、はこっちの台詞だ。
 丸井が大げさに肩をすくめて見せると、赤也の眉間のしわは一層濃くなった。

 殆ど、という幸村の言葉は的を得ている。

 キーとなるのは七不思議。

 七不思議全て知るというのが鍵になり、「境界無き校門」を越えようとすると「開かずの教室」へ飛ばされるという仕組み。「黄泉への入り口」と言われる立海の敷地自体が起爆装置、というわけだ。

 となると七つ全てを知っている生徒が学校にいないというのも、頷ける話だ。
 おそらく、七不思議全て知った生徒は柳や柳生のように呑まれてしまうのだろう。
 そして闇に呑まれた者は、更なる闇を求めて仲間を引きずり込もうとする。ちょうど、今回のように。

「正直、闇に呑まれた者を助ける手段があるのかどうかはわからない」
「けど俺たちが外に出なきゃなんも変わんない、ってわけね」
「そういうことだ。俺だってまだ全部わかったわけじゃないからな」

 確実に一ついえることは、こんなところで呑まれてはいけないということ。
 学校ぐるみでなにか隠しているのかもしれない、そもそもこの空間自体本来ありえないものなのに、なんて無事生きて出られたらいくらでも考えることは出来る。

 まずは、身の安全。そして脱出。
 口にしたら酷く単純な事だ。けれどもそれを成し遂げるには覚悟が必要。

「つまり…」

 いまだ眉間に皺を寄せたままだった赤也が、ようやくたどたどしくも口を開いた。

「無事に俺たちがこっから出れたら、柳先輩は助かるかもしれない、ってことですよね?」

 何一つ話は分かってない。けれど誰より覚悟は出来ているのかもしれない。
 ふっと全員の口に笑みが浮かぶと、愛すべき後輩の背を一人ひとりバシンと叩いた。

「いってぇ!!」
「頼りにしてんぞ、2年生エース!」
「なんなら赤目になって大暴れしんしゃい」
「だが感情に任せて突っ走るなよ赤也」
「とりあえず、出口を探そう、なっ!」
「っ!!!!」

 一番最後の幸村渾身の一撃が、どうやらとどめになったようだ。
 とどめをさした当の幸村は、素知らぬ顔であたりを見回すと丸井の顔を覗き込んだ。

「なんか聞こえない?丸井」
「え、なんで俺に聞くの、幸村くん」
「いや、なんとなく引っかかる事あって」

 引っかかる?
 それがなんなのか、丸井が幸村にたずねるより先に、声をあげたのは赤也だった。

「い、今!」
「どうした赤也」
「今、消防車の音が聞こえたんスよ!」
「…外は、近いという事か…」

 真田の目が通路の先を力強く睨んだ。

「近くても、外へは出られませんよ」

 その睨んだ反対側、自分たちが先程まで辿ってきた道の奥から少しずつ姿を現すその人影は。

「ようやく追いつけました」

 相変わらず眼鏡の奥でなにを企んでいるのか。詐欺師と呼ばれる仁王より、食えない紳士が薄っすら笑みを浮かべて立っていた。

 

 

[ update 07.11.17 ]

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 確証なんてないからすべては口に出来なくて。
 けれど確証がほしいから少しでも多くを口にしたい。

 残り3話!…本当に終われるんだろうか。
 (07.11.10)