『なんだよこの階段、気味悪ィな』
『呪いの階段…だったりして』
『笑えねぇなぁ』
階段を折り始めてすぐ赤也と交わした会話が酷く遠く、それでいてシャレにならない出来事のように感じた。
(まじ笑えねって。だって、確か、呪いの階段は…)
「出口だ」
その声はまるで丸井の思考を遮るかのように鋭く響いた。バッと一度全員を制止させた後、真田は一人で開けた空間へ片足を踏み出すと、安全を確認したのか今度は全員がその空間へ足を踏み入れた。
「これ…!」
そう叫びたくなったのは、何もジャッカルだけではない。
長い長い階段を抜けた先にあった空間は、入り口が塞がっていないだけの開かずの教室だった。
つまりは旧校舎、ということで。
「確かに、俺たち階段下りたよな…?」
「それもついさっきまでのう」
「じゃあ何スか、ここ…」
「…窓の外まで景色がある」
地下のはずなのに。窓の外には、先ほど見ていたのと似た景色が広がっている。つまりは、1階から見える景色ではありえない高さがある、ということ。
寒気がした。ぐっと押し寄せる悪寒。
まるで誰かが背中を撫でているような寒気に、丸井は勢いよく後ろを振り返る。
そこには、あるはずのものがなかった。
「階段が…消えた…」
先ほどまで下りてきた階段。地上へ繋がる唯一の手段かもしれない階段が、忽然と消え失せ、その位置には教卓が置かれている。先ほどまで教卓は影も形もなかったのに。
「な、にが…どうなってやがんだよ…」
「…手分けして少しここを探ってみよう。あまり分散するのも得策じゃない。真田」
「うむ」
「俺の班とお前の班と二つに分ける。丸井、仁王、赤也は俺を手伝ってくれ」
「っス」
やるねぇ。
仁王がぽつりと呟いた。
その呟きで丸井も気がついた。
さりげなく、信用できるものだけを幸村班に分けたのだ。
明らかに言動のおかしい柳。
そしていつにもまして口数の少ない柳生。
ここへ通じる階段を発見した真田。
制止役であるはずなのに下りてみようと発言したジャッカル。
疑えばキリがないことは分かっているが、それでも不安要素が残る限り信用するのは危険だ。だからこそ幸村は信用できる面々のみを自分の手元に置く事で、この先の行方を見守ろうとしている。
幸村班はこの教室を徹底的に、そして真田班は廊下へと出て何か出口がないかを探る事になった。
人数が半分になり、少しだけ寒くなった教室で幸村は、さて、と軽く息を吐く。
「仁王、どう思う?」
「さっきのお前の立ち回りか?賞賛に値するな。これで次の七不思議を持って帰ってきた人物は黒になる」
「そりゃどうも。でも残念、それじゃなくてこの空間さ」
幸村の言葉に丸井は天井を見上げた。
どこからどう見ても旧校舎だ。机がないところといい、壁が少しはげているところといい瓜二つだ。ただ一つだけ違うのは、床がきしまないという事。
「これが現実なのか夢なのかもさっぱりじゃ」
「だよなぁ…」
「でも俺たちは現実だ。地下にもう一つの学校があるってのは、どうにも現実味を帯びてないけどな」
「あー…俺難しいハナシはさっぱりっス。腹減っちゃってなんも考えれね…」
そういうと同時に、周りにいる3人にも聞こえるほど大きな音で赤也の腹が声をあげた。
当の赤也はへたりと床に座り込み、それを3人は微笑ましげに見つめる。
「おいおい、しっかりしろぃ2年生エース」
「ま、もう10時近くじゃろうし、俺たちも腹は減っとるがな」
「そうか。もうそんな時間になるのか…」
ごそごそとポケットを漁って、幸村が携帯を取り出す。
「え?」
珍しく、素で幸村が驚いている。
黒目がちの大きな瞳は携帯から視線を逸らそうとはせず、その瞳には動揺の色さえ伺える。
「幸村くん?」
「ま、丸井…お前携帯持ってるか?」
「え?あ、うん」
「今、何時だ」
訝しげに携帯を丸井も取り出す。そしてディスプレイを見た瞬間、幸村の言わんとしている事が良く分かった。
「…まじかよ、12時53分」
「俺のは5時9分だ」
「うっそ…」
赤也が床に座り込んだまま顔を青ざめている。
時間さえも、こんなに近くにいる二人で異なっているのか。
ため息をついた仁王が、窓際へ向けて踵を返した。途端。
「…! 丸井、幸村!」
仁王が、叫んだ。
その声にはじかれたように二人が仁王を振り返ると、その仁王の視線の先には。
「紅く咲く…桜…」
窓の向こう、ぼうっと花を咲かせる木が一本ある。紅い、花。闇に解けるはずの紅は、存在を主張するかのごとく闇に浮かび上がる。
光を内包しているのだろうか。それは酷く幻想的で、そして。
「…おぞましい光景だな」
幸村が呟いたのと同時、仁王は窓の鍵を手早く開け、窓から顔を外へ覗かせると隣の教室を確認した。そして2つ隣の教室に明かりがついているのを目で捉えると。
「そっちの教室に居るんは誰じゃ!返事せい!」
「に、仁王先輩?」
赤也は目の前の出来事についていけていない。
そんなの重々承知だ。誰一人、現状についていけてる者はいない。
幸村も丸井も、ただ黙って仁王の行動を見守るしかないのだ。
「なんですか、仁王くん」
遠くから柳生の声が聞こえた。
「柳生!お前さんとこからあの桜見えるか!?」
「は?何を言ってるんですか、こんな暗闇じゃ木なんて見えませんよ」
それは絶望的だった。
これが見えているのは自分たち4人だけだという事。そしてもうひとつは。
「ぶ、部長…」
「どうした赤也」
「あの、さっき、柳生先輩も叫んでたじゃないですか」
「? あぁ」
「廊下からは、声、全く聞こえなかったんですけど…」
「!」
時間も距離も、捻じ曲がっているというのだろうか。
地下に眠るもう一つの学校。
笑えない冗談に、もはや神経は擦り切れていた。
[ update 07.09.21 ]
頭のきれる幸村。本能で現状を見つめる赤也。
果敢に謎に立ち向かう仁王。行動力と前向きがとりえのブン太。
このでこぼこカルテットが大好きです。 [07.09.03]