ENDLESS PHANTOM 6

 

 どこまで、降りただろう。
 3階である開かずの教室から、この階段へと進み、かれこれ10分以上は下り続けている気がする。簡単に地下へと到達する時間だ。

『なんだよこの階段、気味悪ィな』
『呪いの階段…だったりして』
『笑えねぇなぁ』

 階段を折り始めてすぐ赤也と交わした会話が酷く遠く、それでいてシャレにならない出来事のように感じた。

(まじ笑えねって。だって、確か、呪いの階段は…)

「出口だ」

 その声はまるで丸井の思考を遮るかのように鋭く響いた。バッと一度全員を制止させた後、真田は一人で開けた空間へ片足を踏み出すと、安全を確認したのか今度は全員がその空間へ足を踏み入れた。

「これ…!」

 そう叫びたくなったのは、何もジャッカルだけではない。

 長い長い階段を抜けた先にあった空間は、入り口が塞がっていないだけの開かずの教室だった。
 つまりは旧校舎、ということで。

「確かに、俺たち階段下りたよな…?」
「それもついさっきまでのう」
「じゃあ何スか、ここ…」
「…窓の外まで景色がある」

 地下のはずなのに。窓の外には、先ほど見ていたのと似た景色が広がっている。つまりは、1階から見える景色ではありえない高さがある、ということ。

 寒気がした。ぐっと押し寄せる悪寒。
 まるで誰かが背中を撫でているような寒気に、丸井は勢いよく後ろを振り返る。

 そこには、あるはずのものがなかった。


「階段が…消えた…」

 先ほどまで下りてきた階段。地上へ繋がる唯一の手段かもしれない階段が、忽然と消え失せ、その位置には教卓が置かれている。先ほどまで教卓は影も形もなかったのに。

「な、にが…どうなってやがんだよ…」
「…手分けして少しここを探ってみよう。あまり分散するのも得策じゃない。真田」
「うむ」
「俺の班とお前の班と二つに分ける。丸井、仁王、赤也は俺を手伝ってくれ」
「っス」

 やるねぇ。

 仁王がぽつりと呟いた。
 その呟きで丸井も気がついた。
 さりげなく、信用できるものだけを幸村班に分けたのだ。

 明らかに言動のおかしい柳。
 そしていつにもまして口数の少ない柳生。
 ここへ通じる階段を発見した真田。
 制止役であるはずなのに下りてみようと発言したジャッカル。

 疑えばキリがないことは分かっているが、それでも不安要素が残る限り信用するのは危険だ。だからこそ幸村は信用できる面々のみを自分の手元に置く事で、この先の行方を見守ろうとしている。


 幸村班はこの教室を徹底的に、そして真田班は廊下へと出て何か出口がないかを探る事になった。
 人数が半分になり、少しだけ寒くなった教室で幸村は、さて、と軽く息を吐く。

「仁王、どう思う?」
「さっきのお前の立ち回りか?賞賛に値するな。これで次の七不思議を持って帰ってきた人物は黒になる」
「そりゃどうも。でも残念、それじゃなくてこの空間さ」

 幸村の言葉に丸井は天井を見上げた。
 どこからどう見ても旧校舎だ。机がないところといい、壁が少しはげているところといい瓜二つだ。ただ一つだけ違うのは、床がきしまないという事。

「これが現実なのか夢なのかもさっぱりじゃ」
「だよなぁ…」
「でも俺たちは現実だ。地下にもう一つの学校があるってのは、どうにも現実味を帯びてないけどな」
「あー…俺難しいハナシはさっぱりっス。腹減っちゃってなんも考えれね…」

 そういうと同時に、周りにいる3人にも聞こえるほど大きな音で赤也の腹が声をあげた。
 当の赤也はへたりと床に座り込み、それを3人は微笑ましげに見つめる。

「おいおい、しっかりしろぃ2年生エース」
「ま、もう10時近くじゃろうし、俺たちも腹は減っとるがな」
「そうか。もうそんな時間になるのか…」

 ごそごそとポケットを漁って、幸村が携帯を取り出す。

「え?」

 珍しく、素で幸村が驚いている。
 黒目がちの大きな瞳は携帯から視線を逸らそうとはせず、その瞳には動揺の色さえ伺える。

「幸村くん?」
「ま、丸井…お前携帯持ってるか?」
「え?あ、うん」
「今、何時だ」

 訝しげに携帯を丸井も取り出す。そしてディスプレイを見た瞬間、幸村の言わんとしている事が良く分かった。

「…まじかよ、12時53分」
「俺のは5時9分だ」
「うっそ…」

 赤也が床に座り込んだまま顔を青ざめている。
 時間さえも、こんなに近くにいる二人で異なっているのか。

 ため息をついた仁王が、窓際へ向けて踵を返した。途端。

「…! 丸井、幸村!」

 仁王が、叫んだ。
 その声にはじかれたように二人が仁王を振り返ると、その仁王の視線の先には。

「紅く咲く…桜…」

 窓の向こう、ぼうっと花を咲かせる木が一本ある。紅い、花。闇に解けるはずの紅は、存在を主張するかのごとく闇に浮かび上がる。
 光を内包しているのだろうか。それは酷く幻想的で、そして。

「…おぞましい光景だな」

 幸村が呟いたのと同時、仁王は窓の鍵を手早く開け、窓から顔を外へ覗かせると隣の教室を確認した。そして2つ隣の教室に明かりがついているのを目で捉えると。

「そっちの教室に居るんは誰じゃ!返事せい!」
「に、仁王先輩?」

 赤也は目の前の出来事についていけていない。
 そんなの重々承知だ。誰一人、現状についていけてる者はいない。
 幸村も丸井も、ただ黙って仁王の行動を見守るしかないのだ。

「なんですか、仁王くん」

 遠くから柳生の声が聞こえた。

「柳生!お前さんとこからあの桜見えるか!?」
「は?何を言ってるんですか、こんな暗闇じゃ木なんて見えませんよ」

 それは絶望的だった。
 これが見えているのは自分たち4人だけだという事。そしてもうひとつは。

「ぶ、部長…」
「どうした赤也」
「あの、さっき、柳生先輩も叫んでたじゃないですか」
「? あぁ」
「廊下からは、声、全く聞こえなかったんですけど…」

「!」

 時間も距離も、捻じ曲がっているというのだろうか。
 地下に眠るもう一つの学校。
 笑えない冗談に、もはや神経は擦り切れていた。


[ update 07.09.21 ]

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 頭のきれる幸村。本能で現状を見つめる赤也。
 果敢に謎に立ち向かう仁王。行動力と前向きがとりえのブン太。
 このでこぼこカルテットが大好きです。  [07.09.03]