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「…ふむ」
まさか、と思う。
まさかこんなことが。
「柳くん」
同じくしてここに招かれた柳生が、柳を手招きする。まるで放心寸前かのように、視線は微動だにしない。
「これは…」
その視線の先、二人が見たものは。
ぎしぎしと木造校舎の階段が悲鳴を上げる。 立海旧校舎の2階から3階へと続く階段。そこに二人はいた。
「すっげー埃っぽー・・・」
「底抜けそうやのう・・・」
本来ならばこんなとこに来ないのに。
丸井と仁王、二人の頭にそれは過ぎったが、なんせここに来るようにと指示を出したのは柳だ。真田ならまだしも、柳に逆らうのは得策ではない。
『旧校舎に残っている、テニス部の資料を取ってきてくれないか?』
そう頼まれたのはつい20分前。 一人で行くのは怖いからと仁王を説得して今に至る。
「えーっと?どこの教室だっけ」
階段を上りきったところで丸井が立ち止まる。
「さっき来る前携帯にメモっとったじゃろ」
少し遅れて上ってきた仁王が、クツクツと笑いながら丸井のポケットを叩く。その行為に対してなのか、それとも柳に対してなのか。まるで判断のつかない文句をぐちぐち言いながら、丸井は携帯をポケットから取り出した。
「なぁ今何時?」
「あ?…平成19年8月4日の午後5時49分ですよー」
「…そらご丁寧にどうも。」
どこにメモしたっけ。
そういいながら頭をガシガシとかく友人を見下ろす。
(…まだ、6時だよな。それにしちゃあ…)
そして廊下の奥を覗く。木造校舎にしてはしっかりとしたつくりだとは思う。しかし、まだ6時。それも真夏の6時なのに、ここまで暗いのもどうかと思う。窓はある。新校舎の物ほど大きいわけではないが、そこから光はもれている。しかし向きが悪いのか、その光も微々たる物だ。
仁王は少々気にはなったが、丸井が「あった!」と大きな声を上げたのでそこで思考は中断した。
「階段から数えて7つ目の教室の、本棚の中だってさ」
「本棚がまだ残っとるんじゃな」
「まぁ旧校舎っつっても机がなくなっただけであとはそのまんまらしいし」
「ほぉ」
いち、にぃ、さん・・・と丸井が一つ一つ教室を数えていく。そして。
「あれ?」
「ん?ここじゃろ、7つ目」
「いや、そうなんだけどさ」
歩みを止めてその先を見る。行き止まり、なのだ。その先に廊下はなく、木の壁が聳え立つ。
仁王はさっさとここから出たいのか、はたまた時間がかかりすぎだと柳に怒られるのが嫌なのか。おそらく後者であろう動機から、教室の中に入って柳に頼まれた資料を探す。だが丸井はどうしようもなく違和感があった。
(・・・端っこの教室なら、初めからそう言やぁいいのに・・・)
珍しいことにこの校舎は片方にしか階段がない。両端に階段はないのだから、場所を教える際に「一番奥の教室」といえば済む話。
教室の中で埃と戦いながら資料を探す仁王の背中を見る。別段気に留めている様子もない。少し咳き込みながら本棚に並ぶ資料を指でなぞっている。
(・・・気にしすぎか)
要は言葉のあやだ。きっと分かりやすいように具体的な数字を示してくれたのだろう。
そう思うことで問題を無理やり解決させた。そうでもしないと、言い知れぬ恐怖に押しつぶされそうだった。ただでさえ旧校舎は気味が悪いと専らの評判なのに。
加えて新校舎の、音楽室からどこか寂しげなメロディーが響いているのだ。クラシックだろうか、一度も聞いたことがない。
「おい、丸井。お前が頼まれたんじゃろ。ちゃんと探しんしゃい」
「あ、悪ぃ」
駆け寄ろうと、少し走るだけで底が抜けそうな程ぎしぎしとなる。
「・・・・早う、出たいのう」
「やっぱ?」
「とっとと終わらせて部室に戻るとするか」
「異議なし」
二人そろって本棚の前にしゃがみこみ、時間が経ち過ぎて背表紙の文字が読めない資料を一つ一つ確認する作業に取り掛かった。
[ update 07.07.08 ]