別に望んでこんな容姿で生まれてきたわけでもなければ、望んで賢く生まれてきたわけでもない。いつだって周りの人間は幼くて、そして、浅はかだった。
小学校の頃、少し知能障害のあるクラスメイトの、言ってしまえば世話係を担任の教師から任せられたことがある。いやな顔一つせずに引き受けたとでも思ったのか、それとも本当に周囲のクラスメイトは俺がそのクラスメイトと打ち解けているとでも思ったのか、今となってはどちらでもよいことだが、友人にぽろりと面倒だと打ち明けた時ひどく驚かれたのを今でも覚えている。
他にも席替えを教師が組んだ場合、クラスの問題児と同じ班にされる確率は非常に高かった。同時に班長や学級委員に推薦されることも同程度の確率で高く、それはほぼ100%に近かった。
優等生は、学校社会の犠牲者だとそう思っていた。無論その考えは今でも変わることはないが、その優等生というレッテル一つで助けられたこともあるし、利用したことも少なくはない。
わずかに、というより俺の場合はおそらく抜きん出ていたのだろうが、平均の知能より高い生徒の場合は大抵が優等生というレッテルを貼られる。教師の話をよく聞き、自分で行動でき、他の生徒の面倒を見れる生徒。それはクラスに一人の確率程度には存在するもので、その犠牲者の殆どは、俺のように教師をあまり好きではなくなる。
自分でそう思うことはないが、整った顔立ちをしているとよく褒められた。だが女子にモテたわけではなかった。どちらかといえば女顔だった。
だから陰でよからぬ噂をされていることは知っていた。知っていて、敢えて耳に入っていないふりをした。そういう幼稚な策に乗ってやるほど俺は出来た子供ではなかった。
中学生になり、また同じ日々の繰り返しかと思った。
そう、思っていた。
けれど、実際は違った。
俺の視界に飛び込んできたのは、人形のような酷く整った顔立ちをした男だった。
文字通り本当に上から飛び降りてきたそいつは、幸村精市と名乗った。
入学早々仲良くなったそいつは、俺など比にならないほど「整った顔立ち」で、彼の作る他人行儀な笑みは、整いすぎているがために温度を欠いているようにも見えた。
「…蓮二もテニス部に入るの?」
桜の木の上から勢いよく俺の目の前に着地した彼は、自己紹介の後に唐突にそう切り出した。わずかに首をかしげて黒目がちの大きな瞳でまっすぐに見つめられ、いきなり名前で呼ばれたことも、テニスをやると告げていないのに尋ねられたことも、まったく気づかぬほど動揺した。
「最近は出てないけど、ダブルスで大会出てたよね?眼鏡の頭がチクチクした子と一緒に」
ゆきむら、せいいち。
思い出した。その容姿に、言動に気を取られてばかりで気づくのが遅れたが、テニスを真剣にプレイする者として知らぬ者はいないだろうその名前。
俺はダブルスプレイヤーだったし、ここ最近は大会にも出ていなかったから姿を見たことはなかったが、今目の前にいる彼は、間違いなくジュニアテニス界最強の男だ。
「…君も、もちろん入るんだろう?」
「も、ってことはやっぱり蓮二も入部するんだよね?よかった。これで3勝は堅い。全国制覇出来るね、よろしく」
花開くように微笑まれ、意味もわからず差し出した右手。
ぎゅっと握ったその手はとても温かくて、人形のように整っているけれど確かに生きているんだと、なんともまぬけな話だがそう思った。
今まではまるでモノクロのような色彩を失った世界に生きてきた。優等生というレッテルを貼ったのは、教師でも友人でもなく自分自身だと気がついた。それを気付かせてくれたのは、整っているのは見た目だけな問題児の精市だ。
精市はとても弱いが強い男だ。自分の弱さを認め、受け入れ、すべてひっくるめて自分だという。そんな強さを羨ましいといったなら、精市はやはりきょとんとしてお前にはお前だけの良さがあるだろう、俺はお前だけの良さの方が羨ましい、とあまりに真顔で言うものだからこっちが恥ずかしくなってしまった。恥ずかしくなってしまったので、すっかり俺の良さはどこなのか、それを聞くことを忘れてしまった。しかし、精市の存在が俺の支えになっていることは明白で、もはや全国制覇のために強くなろうとしているのか、それとも精市の喜ぶ顔が見たいがために強くなろうとしているのか自分でもわからなくなってしまった。
けれど、それでもいいと思えた。
あのまま精市に出会わなければ、俺はきっとまだ色彩のない世界にいた。精市がいて、弦一郎がいて、丸井や仁王に柳生、ジャッカルのいる世界を見れないでいた。
青空に淡い淡い雪が舞い散る。一日、一週間、一年を経るごとに色づくだろうこの気持ちに、まだあと少しは気付かないふりをして、俺はきっと明日も精市の隣に立つのだろう。
Fin.