君の隣が僕の居場所

 

 ギィと重い扉を開けると広がるのは青い空。そして待ちわびていたと言わんばかりに体の横をすり抜けて、校内へと侵入していく鋭い風。今日はなかなかの強風だ。それにも関わらず、何故あいつは…。そこまで考えて、無意識のうちに口元が緩む。
 何故って、あいつだから、だ。
 僅かに強い日差しにわざわざさらされるようなマネはしないだろう。そう思い、日陰に足を進めてみると、案の定探していた"あいつ"は足のみならず手までをも投げ出して気持ちよさそうに寝息を立てている。

「また無防備な…」

 露骨にため息をついて見せても、見せ付けたい相手は夢の中。繊細そうに見えて実は結構にしっかりした髪は、風の吹くままに幸村の顔を弱々しく叩いている。
 柳は抱えていたノートを広げ、手で数回床を掃くとそのまま腰を下ろした。ひんやりと背中に感じるコンクリートは気持ちよくて、上昇した気温を冷ますにはこの日陰はもってこいだと隣の幸村を見る。

(…まぁ、寝るのも分かるな)

 おそらく今ならどんなに大きい音を立てたところで起きないのだろう。合宿のときも部長と言う立場でありながら一番最後まで寝ていた(それも練習開始ギリギリまで)というのは記憶に新しい。普段の練習のときよくもまぁ遅刻しないものだと妙なところで感心した覚えもある。
「ん…」
 眉根を寄せてピクリと指が動く。と同時に目をこすり、隣に座る柳に目を向ける。
「おはよう精市」
「…おはよう、蓮二」
 あくびをしながら、頭をがしがしかきながら。まるで小さな子のように寝ぼけながら行う動作は柳の笑みを誘うものでしかない。無造作に伸ばしていた足を動かし胡坐をかく。しばらく「んー」とか「あー」とか唸っていたが、また一段と強い風が吹いたときにぱっと顔を上げ柳の顔を見た。

「ちょ、なんで蓮二?」
「何でと聞かれても俺は元から蓮二だが」
「じゃなくて。なんでここにいるのさ」

 ようやく覚醒したようである。黒目がちの瞳をぱちぱちさせ、真っ直ぐ柳を見る。その視線があまりにも素直すぎて柳は笑いをこらえながらノートに視線を移した。
「これをまとめに来たら、お前が寝ていてな」
 シャーペンの先でノートを数回トントンと叩く。と、幸村の顔はすぐさま部長の顔に変わる。練習メニュー表だと見抜いたからだ。
 こういうところは尊敬に値するのに、と柳は思う。切り替えが早くそれいでいて責任感もある。普段が自由奔放すぎる所為で周りから変わっていると思われているとしてもだ、部長の面を知っている者は幸村を嫌いになれるはずがない。ひたむきなまでにテニスが好きなのだ、この鬼部長と呼ばれる男は。
 ノートを手に取りメニューをチェックする幸村の横顔をなんとなしにぼんやり見つめる。長い睫毛が上下して、時折閉じられる。ぶつぶつと何か呟いて手が宙をさまようものだから、柳はすかさずペンを渡す。

「これ、」

 幸村がメニューを修正しながら言った。

「真田だろ、外周設定したの」
「あぁ。でなければ外周50週など書くわけがない」
「だろうね。罰則ならまだしも外周50週なんて毎日やってたらそれだけで一日終わる奴が出てくるだろうな」
「それを書くとき目の前にいたのでな。書かないわけにはいかなかった」
「お前も大変だ」
「それほどでも」

 柳がそういうと、幸村は僅かに眉をひそめた。あぁそうと短く吐き捨て、視線をそらし遠くの空を見る。訝しげに顔を覗き込もうとしたら聞こえた一言に、柳は思わず吹き出しそうになった。

「随分と仲がいいみたいじゃないか」

 こいつはどこまで…。
 これでいて無意識なのだ、この男は。その一言が相手にどんな影響をもたらすかなんて一切気にしないで、思ったことを思いのまま言っている。ただそれだけで、自分が嫉妬しているだとか、羨ましがっているだとか、そんなことは気にしない。だから不意打ちもいいところなまでに柳は幸村から目を逸らせない。
 頬の筋肉に変な力が入るのが分かる。必死に笑いを抑えようと必死で、幸村の一言に反応できない。

「…何笑ってんだよ」
「いや、何でもない。気にするな」
「…気になる、っつの…」

 ぷくっと頬を膨らませる様はまるで子供。だけれど柳にとっては愛しい以外の何者でもない。ずりっと下がった幸村の頭に手を軽く乗せ、軽く何度か叩く。その度髪が頬に当たってくすぐったそうにしていたけれど、それすら柳の笑みを誘発した。

「弦一郎とは友人だからな、仲が良くて当然だ」

 再び幸村の眉はしかめられた。今度は睨み付きで。
 その反応に満足したように柳は、頭に乗せていた手て優しく自分のほうに幸村を引き寄せると、別に周りに誰もいないのだから必要はないが耳元でこっそり囁いた。

「だがお前は…」

 そしてまたひときわ強い風が吹く。目に髪が入ると幸村が目を瞑った隙を狙って、柳はその唇に口付ける。

「こういうことだ」

 何事も起きていないかのようにしれっと言い放つ柳に、幸村はどこか感心しながらあきれて見つめる。

「まさか我が立海の参謀が風まで操れるとはね」
「お褒めの言葉感謝しよう」

 機嫌一つ、とるのも大変だけど。そのための苦労さえ厭わないほど既に溺れきっていると告げたら、幸村はどんな顔をするだろう。ぼすっと胸に飛び込んだ幸村の背に手を回しながら、柳は思いを廻らせた。

「…また眠くなってきた」
「どれだけ寝たら気が済むんだ」
「んー…あと30分」
「仕方ない」
「起きるまでいろよ…ここに…」
「あぁ」

 自分に寄りかかるように寝られたら逃げることもできない。まして相手は幸村だ。頼まれるまでもなく、自分はここにいるだろう。片時も離れたくないくらい、依存しているのは柳なのだから。

 

 


Fin.

自主的課題様よりお題拝借。(閉鎖されました)
柳幸はとことん柳が幸村に甘ければいいと思う。
お客様の指摘により誤字修正(080611)