巻き起こった風に、地面に積もった花弁がぶわっと宙に舞った。
突然の強い風に目を細め、歩かなければならない自分の行く先を睨みつけると、花の嵐の向こうに人影が見える。
「…?」
どうにも見知った人物のようだ。跡部にとっては向かい風でも、逆方向から歩いてくるその人にとっては追い風。視界を塞ぐものは己の髪だけのようで、跡部の姿を認めると軽く右手を上げて小走りに駆け寄ってくる。
その姿が花の嵐の真ん中に来てようやく、跡部はそれが幸村精市であると認識した。やや色褪せた黒のパンツにグレーのジャケット。モノトーンで統一された幸村の私服に跡部は意外そうに目を見開いた。
「やぁ跡部」
「…お前普段からそんなん着てんのか?」
「? うん。普段はさすがに私服だよ。ジャージは着ない」
「いや、そういうことを言ってんじゃねぇよ」
もっと柔らかなイメージをしていたのだ。だからモノトーンで統一された硬さに驚いた。ただそれだけのことだったが酷く跡部には新鮮だった。
はぁとあからさまなため息を一つついてやる。誰も普段着がジャージだなんて思うはずなどない、と言い返してやりたくもなるが相手は幸村。それほど親しい付き合いはないが、選抜等で顔を合わせた経験が言っている。常識で幸村をはかってはいけないと。
「そういやなんで東京なんかにいる」
「俺の親戚、この辺に住んでるんだよ」
「あぁ、それでか」
「うん。…ここの花、綺麗だね」
言いながら幸村は辺りを見回す。
そういえば土いじりが趣味だとか言ってやがったか。いつだったか似合うようで似合わないと思った彼の趣味を跡部が思い出すと同時、また強い風があたりを吹きぬけた。
その風がいくつかの花を、宙へと吹き上げる。そしてそのまま遠くへ飛ばしてしまう様を、幸村はじぃっと目で追うと、ぽつりと無常の風…ね、と呟いた。
「あ?」
「いや、無常の風ってこういうのを言うのかなと思って」
「無常の風?」
「知らない? 花を散らすように人の命を奪っちゃう風」
「奪っちゃうってお前…」
その言い回しが酷く幸村の性格を現しているようで、跡部は呆れながらにポケットに手を突っ込む。じとりと幸村を見やると、その顔は思っていたより遠くを見ていた。
「怖かったなぁ。病室から風で散ってく花見てた時、怖かった」
ぽつりと、本当に自分でも自然と言葉が出てきたのだろう。幸村はおかしいなとでも言いたげに、はたと首をややかしげるとそれから黙り込んでしまった。
忘れていた。コイツは、誰より生への、勝ちへの執着が強い男だった。
見た目がふわりとしていてどっか抜けた発言ばかりするから忘れがちだけどな、と跡部はうっすら口元に笑みを浮かべる。
「おい幸村」
「なに?」
そんな顔、二度とさせねぇよ。
そうは口に出さないけれど、彼のそんな顔なんか見たくない。きっと誰一人、見たいだなんて思ってない。彼には自信満々な笑みが似合っている。そして、自分にだって。
「暇なら俺に付き合え。とっときの場所に連れてってやるよ」
彼は花だ。風なんかに負けない、強い、花。
いつまでも咲き誇っていたらいい。そのためならどんな努力も犠牲も惜しまない。
ふんわり笑った幸村を見て、跡部は一人心に誓った。
Fin.