人は俺を悪魔だとか言うけどさ、ほんとの悪魔は、絶対この人だと思うんだよな。
俺は絶対に逆らえやしない。魔術に掛かったように、この人の言うことには従っちまう。
悪魔が吹かせ人を誘う恐ろしい風のことを、魔風というと、以前柳さんに教えてもらったことがある。
おそろしくはない。けれどあながち間違ってもない。
この人の雰囲気、仕草、言葉、瞳、すべてが俺を惹きつけて放さないし、まるで初めからそうすることしか知らなかったかのように、都合のいい様に誘われている気すらする。
「赤也」
悪戯に、けれど少し挑発するような目で俺を見上げて、部長は俺の頬に手を伸ばす。
「な、んすか」
「んー? 今日は何して真田に殴られたのかなと思って」
薄いピンクの唇が、至近距離で言葉を紡ぐ。
ど、ど、と全身を打つ鼓動が五月蝿い。きっとこの人に気づかれたら笑われる。何緊張してるの?なんてさらりと言いのけるのがこの人だ。
「今日のは、別に副部長じゃないです」
「え?」
「…隣のクラスの女子っス」
「彼女?」
「違いますよ。告られたんでフッたら言い方悪かったんだかパーンと」
「それはそれは災難だったね」
柳生にでも上手な振り方教えてもらったら?
余裕綽々でベッドに上半身起こして座ったまま、部長はくすくすと笑った。
ちぇっ、余裕のリターンか。
内心舌打ちだ。
ちょっとでも動揺してくれたらと思った。俺はこんなにあんたを好きなのに、まるであんたは俺のことなんか眼中にないみたいに平然と「彼女?」と聞き返した。
ずるい、とそう思う。
別に部長に俺を好かなくちゃいけない義務なんて塩一つまみ分すらないんだけど、だけど、だから、部長を好きな俺としてすごい悔しい。
ちょっとでもその瞳に映れたら。視界に入れたら。ココロに、入り込めたら。
「…あかや」
突然黙った俺の頭を、くしゃりと部長はなでる。
その手が気持ちよくて、俺は思わず目を閉じる。
「次からは、好きな人いるからって言って断ったらいいよ」
「…っ!?」
バッと顔を上げると、したり顔の部長が、思いの外近くにいた。
「だってお前、俺に骨抜きだろ?」
身を乗り出して、頬にちゅっと音を立てて口付けされて、思考が完全停止した俺を部長は我慢することなく大声で笑った。
悪魔が吹かせ人を誘う恐ろしい風。
それはこの人の、吐息なんじゃないかと、最近思う。
Fin.