Desire

 

 深く、深く、その爪を立ててしまったならば。

 

 

「真田」

 ふわりと、風にそよぐ野の花のように柔らかに俺の名を呼ぶと、幸村はよいしょと言いながら隣に腰を下ろす。

「年寄りくさいな」
「真田に言われたくないよ」

 あ、たんぽぽ。
 白い肌。癖が強い割に、さらさらと風に靡く髪。黒目がちの、透き通った瞳。
 幸村を構成する要素は全て儚げで、壊れ物のようにさえ感じるのに、それでいてこの男は、信じられぬほど強い。

そう、この、男、は。


「たんぽぽっておいしい?」
「…食べたことはないがやめておけ。先日雑草を食べようとして蓮二に叱られたばかりだろう」
「あぁ、あれね。ただちょっと味見しようとしただけなのに、蓮二も細かいよね」
「そういう問題ではない。なんでも食べようとするな」
「はいはい」


 ごろんと仰向けに草むらに無造作に倒れ込むと、幸村は幸せそうに笑う。


「真田、気持ちいいよ」


 日差しが暖かいからだろう。日に照らされて幸村の髪は風に揺れる度に煌めく。
 目を閉じると確かにぽかぽかとした陽気に、身体を預けそうになる。

 ちょん、と制服の裾を引っ張られる感覚に幸村を振り返れば、満面に笑みを浮かべている。


 幸村の、そんな幸せそうな笑顔を見る度、身体のどこかからどす黒い何かが沸き起こるのを感じる。
 それは一種の破壊衝動だ、と自負している。幸村が俺に話しかける度、笑う度、触れる度に、どうしようもなく俺は幸村を閉じ込めたくなる。この腕に、ずっと。

 俺のことしか見られなくしてやりたいなんて傲慢なことだと分かっているし、出来るはずのないことだとも分かっている。
 幸村が蓮二に甘える時の声も、赤也をからかうときの悪戯な笑みも、丸井や仁王、それに柳生やジャッカルと騒ぐときの仕種も神懸かったテニススタイルも、全てが愛しい。
 だからこそ同時に、黒い衝動が突き上げてくるのだが、それでも、幸村にとって自分と自分以外の何か一つで世界が構成されることは何より怖いことだと俺は知っている。長く辛かった入院生活で孤独に対する恐怖も不安もいやというほど身に染みてしまった。


「…制服が、汚れるぞ」


 かろうじてそう返せば、幸村は表情を消して俺を見上げる。そしてふぅんと一つ声を上げると、ぐっと強い力で腕を引っ張られた。


「なっ!」
「こうでもしないとお前、寝転がらないだろ」
「しかし」
「あーもうせっかくいい天気なんだから、眉間に皺寄せない!」
「むっ」


 ピンと眉間を指で弾かれ、更に眉間に皺が寄る。
 逆効果だったかと残念そうに口を尖らせる幸村を尻目に観念して空を仰ぐと、その青さから目を反らしたくなった。


 幸村は男だ。そして言うまでもなく、俺も。
 例え線が細く、整った美しい顔立ちを幸村がしていたとしても、俺も幸村も男だという事実は変わらない。

 こんな想いを抱くことが間違いだと、誰かに否定されてしまえば気がいくらか楽になるのだろうか。けれど簡単に誰かに告げられるものではなく、告げたいとも思えない。
 欲望は黒い渦を巻いて俺の中に住み処を作るばかりで、それを消す術を知らない。もしかしたら知ろうとしていないのかもしれない。


「真田」


 ふわりと、野に咲く花が風にそよぐように。けれど少しばかりの鋭さを持って幸村はまた俺を呼ぶ。

 

「最近、お前らしくないよ」
「…なに?」


 閉じていた瞼を持ち上げて、俺はゆっくりと幸村を見る。しかしその視線が交わることはない。幸村は、先程まで俺がしていたように瞼を閉じていた。


「ぼーっとしてることが多い。今日だって珍しく土手で野球場眺めてるし」

それに。


 すう、と瞼を持ち上げ、絡み合った視線の先で幸村の瞳は揺れていた。風に、もしかしたら、俺に。

「それに、最近、お前は俺といる時に、笑わなくなった」


 切なそうに寄せられた眉が、閉ざされた唇が、俯き様に震える睫毛が、全てがすべて俺の中の闇を深くする。そんなことはない。そう告げることは簡単だが、嘘をついてこの場を逃れたところで俺が闇に飲み込まれるのは時間の問題だろう。気が狂いそうになる。それほどまでに俺は幸村が愛しくて仕方ない。

 告げなければならないことほど、人は、告げることが難しいのだ。


「それがちょっと寂しいな。お前が何を考えてるかわかんない」


 ぼそりと呟かれた一言に、カチ、とスイッチが入るような音がした気がした。もしかしたら何かが外れた音かもしれなかった。
 けれどそれはどちらでもいいことで、大事なのは、もはやストッパーになるはずの理性が失われたことだった。


「幸村」


 すっと起き上がり、幸村の顔の側に手をついて覆いかぶさる。どうにでもなってしまえ。頭のどこかで声がする。


「俺は、お前のことがずっと、」


 真っ直ぐ目を見て告げた後で、幸村の瞳が幸せそうに弧を描いた。

 

 

 


Fin.


 格好いい真田を目指したら、ちょっと、病んでる感じにな、って、しまった…。