「ありがとう、幸村」
決して綺麗じゃない俺の手を、壊れるわけでもないのに壊れ物のように扱って、大事に大事にそのごつごつとした大きな手におさめると、優しくぎゅっと力をこめる。
「別に、俺なにもしてないけど」
ベッドに横になったまま首だけを真田に向けてそんなことを言う自分が、こういう時恨めしい。
ありがとう。その言葉がどれほど大きくて、温かくて、優しくて、力強くて儚くて、そして素敵な言葉なのか、何で今まで気づけなかったんだろうと思う。
目頭が熱くなるのをこらえて眉をしかめてふくれっつらをしてやれば、真田は握る手に力をこめた。
「自分に、負けないでくれた。手術に、己に勝ってくれてありがとう」
くすぐったいほど繰り返されるありがとうという言葉。嬉しいのに、泣きそうなのに、俺はやっぱり意味がわからないと呟いて視線をそらす。
べつにお前のために手術受けたわけじゃないし。そう付け足して。
「だが、こうしてまたお前と話が出来た、手を握ることが出来た。それだけで俺は十分だ」
ありがとう。
そしてまた紡がれた言葉は、確かに俺の涙腺を打った。
ず、と鼻をすする音が病室に響いて、真田の指がぴくりと反応する。
怖かった。立ち止まったときもあったし何も怖くなかった過去を振り返ったりもした。前に進むことを拒絶して、温かい言葉を断ち切って、自分の在るべき居場所を見失ったりもした。
どうして俺だけがと思った。なんで俺が、そう思うたびに自己嫌悪に陥った。醜い自分をさらけ出したくなんかなくて、だけど上手く隠せない自分にいらついた。挙句の果て真田や蓮二に八つ当たりしたこともあった。
手術を受けることは、死ぬことと同じくらい怖かった。
立ち止まってるのも歩き出すのも嫌で、誰かに手をひいて貰えたら。そんなことを考えてる自分が嫌だと、一度打ち明けたとき、真田は何も言わないでぎゅっと俺を抱きしめた。肉のないごつごつした俺の体を抱きしめたってなにも気持ちよくなんかないはずなのに、俺が落ち着くまで、真田はずっと抱きしめていてくれた。
迷いはない。そういった言葉は嘘じゃなかったけど、今思うと嘘だったかもしれない。だけど、今は手術を終えた。俺は生き残った。真田の言うように、手術に、自分自身に勝てた。
意識だけはやたらとはっきりしてるけど、体は思うように言う事を聞いてはくれない。起き上がって真田に頑張ったよって笑って言ってやろうと思ったけど思いの外きついリハビリの所為で一度横になると酷い脱力感に襲われる。
「さなだ」
ありがとうはこっちの台詞だ。
支えてくれてありがとう。何も言わず傍に居てくれてありがとう。だけど背を押してくれてありがとう。
真田みたいに真っ直ぐじゃない俺のありがとうは、やっぱり捻くれてしか届かないのかもしれないけれど、それでもここは俺だって言うべきなんだと、それくらいはわかる。
「ありがとう。俺、お前のことだいすきだよ」
起き上がって真田に頑張ったよって笑って言ってやろうと思ってたけど、俺の言葉を聴いてすぐに真田が腕を引っ張ってあの時みたいに抱きしめてくれたから、今更笑ったところで顔なんて見えないだろうなぁと重い体を真田に預けながらそう思った。
Fin.