Enjoy Summer!

 

 ヤドカリが波打ち際を蛇行しながら進んでいく。
 あたりに散らばるガラスの破片や貝殻は、日の光を浴びて眩しいほど煌めいている。
 それにヤドカリは目移りしているのだろうか、波に攫われるか否かの瀬戸際を時にとまりながらゆったりと行く。が。
 突然出来た大きな影にヤドカリは一瞬動きを止め、上空を確認したのかは定かではないが、その色がいっそう濃くなるより先に先程とは打って変わった俊敏な動きでどこかへ姿をくらました。

「ってぇ!何すんすか先輩!アンタ味方でしょ、なんで俺を跳ね飛ばすの!」

 その影の主、砂浜に尻餅をついた赤也は涙ながらに目の前に立つ丸井を睨みつける。
 にらまれた丸井は「おうおう怖いねぇ」と肩をすくめて悪戯な笑みを浮かべているだけだ。

「そもそもビーチバレーって2対2でしょ、なんで3対1になってんですか」
「先輩の愛だよ愛。2年生エースには強くなってもらわねぇとな」
「俺別にビーチバレーで頂点に立たなくてもいいです」
「お?頂点に立つ気でいんの?」

 わざとらしく丸井が驚いてみせると、首を後方に向け仁王の名を呼ぶ。
 その名に反応したのは仁王だけじゃなく、赤也はあからさまに嫌そうな顔を浮かべると丸井に気づかれぬよう後ずさる。
 勿論、気づかれず、なんてありえない話。なんせ丸井に気づかれなくとも、このビーチに来ている8人中7人は敵だ。

「あーかーやっ」
「ぐへぇっ!!」


 案の定、というべきか否か定かではない。が、前方で砂いじりをはじめた仁王を呼び続ける丸井に気をとられすぎていたためか背後から忍び寄る影に全く赤也は気づかなかった。
 名前を呼ばれたと思って振り向くより早く、幸村は力強く砂を踏み込んでダイブした。赤也の上に。


「ぶっちょー!お、重、重いっす!俺死んじゃう!」
「俺が重い?お前と体重は一緒だぞ、背は俺のほうが高いのに」
「そーいうことじゃなくって!!柳さぁーん!この人どけて下さいよー!」


 プライベートビーチ、というわけではないのだが、人っ子一人見当たらないこの浜辺は、もはや自分たちの天下である。
 柳生と日陰でカキ氷を食べていた柳は、幸村の下で潰れかけている赤也に目をやると「仕方のない奴だ」とふっと笑い。

「その辺に弦一郎が埋まっているはずだ。助けを呼ぶなら弦一郎に頼め」

 それだけ言って、再びカキ氷に手をつけ始めた。
 目の前に座る柳生も柳の発言になんら違和感を覚えた様子もなく、「それで、先程の続きですが」と話をのんきに進めている。


「さ、真田副部長!?ちょ、どこ埋まってんスか!つか誰埋めたんだよ」
「あかや、あかや、この辺の魚全部獲ったら毎日焼き魚食えるかな」
「お魚さん逃げてー!つかアンタ俺の上で何くつろいでんの!」


 生きることに赤也は必死である。
 体重は同じといえど筋力は断然幸村の方がずば抜けている。病気を患っていたにもかかわらず、誰よりこの部でパワーがある。
 それだけに幸村に逆らえるものは居らず、付き合いたての頃幸村が暴れるたびに「やめたまえ!」と懇願していた柳生ですら、最近では「また幸村君ですか」と傍観する立場になったほどだ。

 

「仁王、お前さっきから何砂いじってんだよ」

 呼んでも呼んでも仁王が来ないため、赤也の行く末を眺めながら丸井が仁王に近寄る。
 先程までは仁王の側にいたジャッカルも、ビーチバレーが再開されることはないと悟り柳たちの下へ向かった。
 一生懸命黙々と砂をいじる仁王を見下ろした丸井は、その瞬間見てはいけないものを見た。


「さっ…!?」

 自分の足元に、真田の顔だけが砂から出ている。それも若干白目をむいた。

「ちょ、おま、これどんなホラーより怖ぇぞ!?つかなんで真田寝てんだよ」
「幸村がな、真田にボール当てたら寝てもうてな。日焼けしたら可哀想じゃけん、砂で覆っといてやった」
「恩着せがましく言ってっけど、それ実は全くいい迷惑だと思うぜ」


 マイペースな野郎だ…。
 丸井はわざと盛大にため息をついた。

 ちなみに。このまま日に晒したら顔だけがやけるという更に可哀想な事態になることに気づいていながら、水を混ぜつつガッチガチに砂を固める仁王は、心なしか後ろで括った髪が踊っている様に見えるほど生き生きしている。と、後に語ったのは丸井である。


「あ、仁王」
「ん?なんじゃ幸村」

「スイカ割りやるから、もうちょっと水混ぜて砂固めといて」
「了解」
「だから俺の上からどいて下さ、うっ」


 赤也の腹に思い切り両手をついて、幸村が立ち上がる。
 勿論相当の負荷がかかった赤也はごろんと横になって、目の前を通過するヤドカリを見つめて「俺もう帰りたい」と半泣きで呟いたのは言うまでもない。


 砂浜にもかかわらず酷く軽い足取りで柳の元まで駆けて行った幸村は真田のリュックを漁ってスイカを二つ、取り出した。

「おい幸村、なんで真田のリュックからスイカが出てくんだよ」
「ジャッカルも食べたいだろ?あ、スイカ割りやるからみんな出ておいでよ」


 ジャッカル完全無視である。
 まぁいつものことだけどな、と内心苦笑しながらベンチから腰を上げる。なんでスイカ割りをやるのに出て行かなければいけないのか疑問に思いながら。


 スイカを両脇に抱えて真田が埋まっている近くまで行くと、スイカを砂の上におろして真田の脇にしゃがみ込む。

「さなだーさなだーいつまで寝てんの、ほら、起きろよ」

 自分で気絶させたくせに、いつまで寝てるも何もない。
 未だに転がっている赤也を引っ張り起こしながら丸井はガムを膨らませた。

 誰の目から見てもこの後に続く惨事は予想できる。いっそ真田は眠っていた方が幸せなのに、とは思っても誰も幸村をとめようとはしない。とめられないことは過去の経験から学習済みだ。

 仁王は真田の肩回りの砂をぽんぽんと叩いて「幸村出来たぜよ」とご満悦である。
 恐る恐るジャッカルが砂を触ると、砂とは思えないほど硬くなっている。

(…侮りがたし、仁王…!)

 さすがの真田もこれじゃあ逃げられないと憐れみながら、あとでまたとばっちりを喰らうのは自分なのだろうを胃を押さえた。


「ん…ん?」
「起きた?真田」


 目覚めは最高だ。
 意識が覚醒する前から美しいという形容詞が相応しい幸村の顔が目の前にある。
 が。
 一度意識が覚醒すると、自分が何故か砂に埋まっているというおかしな現実にぶわっとおかしな汗が体中から噴出した。


「ゆゆゆ幸村!これは一体…」
「よーし、真田の目も覚めたところで、ほっ」


 軽快な掛け声とともに幸村の右手はスイカを掴み上げる。
 それより少し大きめのもう一つのスイカを左手で掴みあげるのは難しいと判断したのか、一時じーっとスイカを見つめると。

「ていっ」

 ずぼっ、と。気持ちいいほどざっくりスイカに左手をぶっ刺した。

「ははは、精市。それは衛生的によくないな。みんなで食べられないじゃないか」
「大丈夫。これは俺と赤也で食べるから」
「俺!?」

 残念なことに指名を受けた赤也はガクッと項垂れて足元の影を見つめた。
 そんな赤也にかまうことなく、スイカを高く掲げた幸村は。

「それでは第二回スイカde(真田)割り大会を開催しまーす!」


 と、悪戯な笑みで開催宣言をした。

 それと同時に真田の脳裏には去年の光景がフラッシュバックする。
 第二回…ということは、昨年と同じようにまた…。
 流れる汗はとどまるところを知らない。
 必死で砂から抜け出そうともがくが、びくともしない砂に焦燥感は募るばかり。

「真田、覚悟はいいか」
「ままま待て幸村!落ち着け!れ、蓮二!」

 凛とした声で言われても、覚悟など出来るはずもない。
 なんとかしてこの危機を抜け出そうと親友に助けを求めるが、当の柳はどこから取り出したのかノートを開いて、はははと笑っている。


「精市がスイカ爆弾を投下して、スイカが食べられなくなる確立は…そうだな、98%だな」
「それは勿体無いですね」
「蓮二ィーっ!!柳生ーっ!!」


 そのスイカを投げようとしている幸村は「スイカ爆弾か…いいな、それ」と柳の命名が気に入ったようだ。

「あははっ真田まじ焦ってる」
「抜け出したら殺されそう…」
「なんだよ怖いのか赤也」
「真田副部長より幸村部長の方が怖いっス…」
「いいですか仁王くん、少しでも多くのスイカをキャッチして下さいね」


 各々が好き勝手言っている中で、真田はある意味で部の一体感を感じた。


「武士なら潔く覚悟をしろ!そーれっ」
「がっ!」


 幸村精市一投目。
 見事に真田を覆う砂に命中。そして砕け散ったスイカは真田の顔面に降り注ぎ、どろっとした感覚に目も口も閉じた。


「ホントに投げた…」

 昨年度の夏休み、まだレギュラーになっていなかった赤也はあんぐり口をあけたまま固まった。
 幸村が普段から少々行き過ぎた行動をしているのは重々承知だが、よもや遊びとなるとここまで酷いとは。
 本当にこの人が味方でよかったと思いながら、自分の肩に手を回して面白おかしく笑う丸井や、本当にスイカのカケラをキャッチする仁王や、涼しげな顔でノートに何かを書き込む柳を見てこの部の人はみんなおかしいと再認識した。


「……。」
「どうした精市」

 左手に突き刺さったスイカを黙って見つめる幸村に、柳が声をかける。

「投げるより殴ったほうが食べれるスイカ余るかな」
「その前に弦一郎が死ぬと思うぞ」
「じゃあみんなでコレ食べる?」
「あまり衛生的ではないがな、せっかく持ってきたのだ食べなければ勿体無いか」


 そしてよし、と言ってしゃがみ込むと、スイカを砂の上に置いてぐっと力を入れる。と、スイカがめきっとなって綺麗に中から割れた。

「お、これもーらいっ」

 一番大きなスイカを手に取り丸井が早速口に入れた。
 それに続いて他の面々も残りを手に取り食べ始める。

「やっぱ夏はスイカだな」
「そうっすね、やきもろこしも食べたいですけど」
「いいですね、海の家で買いましょうか」
「夜はバーベキューとかする?焼き魚大会でもいいけど」
「それは一人で開催してろ。バーベキューをするなら食料をどこかで調達せねばな」
「ジャッカル、仕事出来たのう」
「俺かよ」


「に、仁王!お前この砂何で固めたんだ!」


 素知らぬ顔でスイカを食べる仁王のポケットから、砂を湿らせるために準備したのだろう霧吹きが覗いていたというのはまた別の話である。


Fin.


[ update 07.09.21 ]

 夏期間拍手お礼小説。
 怖い思いしたっていつかは美しい思い出になるよ、真田。
 (07.07.16)