「…そっか、そうだよな」
いるわけねぇんだ。
開けたままのドアが、風に押されてバタンと閉まる。悴んだ手をポケットに入れて、赤也は今閉まったばかりのドアに背を預けて、笑った。
気付けばいつも。ホントに必ずと言っていい程赤也の周りには、先輩達の姿があった。それはたいてい自然で。
当たり前のように丸井はじゃれついてきて、そして赤也は当たり前のようにジャッカルに強制救助を求める。
休憩時間は仁王に相手を嵌める術を教えてもらうつもりが逆に騙されて泣きをみたり、なんて頻繁で。ようやく学習能力が働く頃には、見計らったように仁王もレベルをあげて来た。
技術的に行き詰まると何処からともなく柳が来てアドバイスしていたし、それでも抜け出せないスランプの時は柳生が声を掛けたこともあった。
いつだって真田に怒られていたが、赤也が一番懐いていたのも実は真田だ。真田自身も可愛がっているからこそ、厳しくしていた面もある。
幸村はおそらく、他のどのレギュラーよりも一緒に部活をしていた期間は短い。しかしそれを感じさせない程幸村は強く、そして優しかった。
「…過保護、だっての」
呟いた言葉は、誰もいない部室に消えた。引退してしまったのだ。埋めようにも埋められない、1年という果てしない溝。不意にギ、と背を預けたドアが軋んだ。と同時に。
ガチャ。
「どぉわっ!?」
「うおっ!?」
ドアが開いて、地面に背中を強打した。
「いってぇー…」
突如開いたドアに対応できるわけもなく、そしてその転がる自分を上から覗き込む影に赤也は言葉を失った。
「うわ赤也かよ、マジでビビった」
「ははっ、お前さん間抜けだねぇ」
仰向けになって見上げた影は眩しくて、だけど何処か優しくて。
「…え。ブン太先輩と仁王先輩…?」
「他に居るかってのこんな格好いい先輩」
「隣にいるぜよ、丸井」
「うるせぇよ白髪」
「白髪ねぇ…」
倒れた赤也。を、挟んで立っている丸井と仁王。未だ頭上で言い争っている二人をやんわり止めるように、赤也の頭の向こうでジャリと音がする。
「赤也、そこに寝転ぶの楽しい?俺もやろうかな」
「やめろ精市。それに丸井、仁王、そろそろ赤也を起こしてやれ」
どうして。
口に出したその問い掛けは、空気としてしか音にならなくて。代わりに手のかかる後輩だと態度で言いながら丸井が、ほれ、と手を差し出す。
「早くつかまねぇと気が変わるかんな」
「素直じゃないねぇ丸井」
「お前一言余計なんだって」
「素直じゃないねぇ丸」
「違うっつの!!」
そら一文字だ。そう叫びながらも丸井の手はがっしりと赤也の手を握っていて。見た目は小柄なこの子供っぽい人も、やはり努力して来た先輩なのだと赤也は思わずにいられない。
「なんだ、部室前にたまって」
「入らないんですか?」
「ジャッカル…柳生先輩…、どうして」
今度こそ音になった言葉。自分は今にも泣きそうなのに、どうして。
「あ?あぁ、3年は集会あったから遅くなったんだよ」
ジャッカルが待ったろ、と笑いながら赤也の頭をがしがしかき回す。
だから、どうして。
赤也はその手を掴み、それこそ泣きそうな顔でジャッカルを見上げた。
「だから、どうして来たんだよ!引退しただろ!?」
「なんだよ、来て欲しくなかったのか?」
「そうじゃ、なくて…」
これはきっと抵抗なのだ。これまで受けて来た圧力への。自分勝手で、でたらめに強くて、過保護で、不器用で、優しくて、好きにならずにはいられない、この人達への。
「騒がしいぞ。何事だ」
反射的に赤也の肩が跳ねる。俯いて歯を食いしばる赤也に、真田は眉をしかめるばかり。それに気付いて丸井が仁王の脇腹を肘でつつき、そして仁王はにやりと笑ってこう言いのけるのだ。
「素直じゃないねぇ真田も」
ぽん、ぽん、と断続的に叩かれる背中が心地良くて、本当にいつの間にか泣き出していたのかもしれない。いや、実際には泣いていないのだけれど、心はずっと土砂降りだ。けれど、すぐそばだけど少しだけ遠くに怒鳴る真田と笑う先輩の声を聞きながら、赤也は思わず笑みをこぼす。自分が思うより、この人達は近いのかもしれないと。
「赤也」
喧騒を切り裂くような鋭い、けれど温かくて不器用な声が赤也の名を呼ぶ。
「俺達、お前を可愛がり過ぎたんだな」
まるで他人事のように幸村は笑った。
「でもな、赤也」
まるで独白だ。赤也は思う。勝手なのだ。この人が一番。諭すように優しく言いながらも、決して否定することを許さないのだ。
「今度は、お前の番なんだ」
「え?」
幸村と目が合う。
「そーだぜ」
その後ろから、丸井が笑う。仁王も、真田も、柳も柳生もジャッカルも、皆赤也を見て、笑うのだ。
「今度はお前が部長だ赤也」
「精市になれとは言わない。赤也の思う部長になって、後輩を引っ張るんだ」
「真田副部長、柳先輩…」
――――だから、どうして。その理由が、わかりかけた。
「お前、負けたら承知しねぇぞ。しばきに来るからな。なぁジャッカル」
「そうだぜ赤也。高等部なんてすぐそこだしな」
「ブン太先輩…ジャッカル」
また、圧力を加えに来たのだ。
「君ならなれますよ。立派な部長に」
「柳生先輩」
「可愛がり過ぎたって後悔はしないぜ。俺達は、お前と一緒に部活が出来て楽しかった」
「…俺、仁王先輩の標準語苦手です」
「ははっ、そうか」
圧力を加えるだけ加えておきながら、さっさと先に行こうとしている。先輩面して、諭していくのだ。
1つしか違わないのに。そう、1年しか、違わないのだ。
「なぁ、赤也」
今日だって赤也が来ることを予想して、集会の後にわざわざ部室に足を向けた。愛すべき後輩のために、と。
「お前、まだ俺に勝ってないよな」
「…っス」
そして誰より男前な元部長は、見た目にそぐわない悪戯な笑みを浮かべて微笑む。
「高校に入って来たら、やっぱり打ちのめしてやるよ」
「幸村部長…」
それは暗に強くなれと、そう言葉に出来ない幸村の照れ隠しなのだけれど。遂に流れてしまった赤也の涙が、言わんとしたことが伝わったことを意味していた。
結局自分は愛されてばかりで、まだまだ頼りないのだ。だからこうして、引退して尚赤也のもとに訪れる。そして自分は、これから高校に上がるまでの1年間で逞しくなるのだと。この人達のように、でたらめに強くて、不器用で、優しい先輩になるのだと。
泣くなよ、と揉みくちゃにされながら赤也は思った。超えられない1年の壁。けれどハードルは高くない。抵抗は、得意分野だ。瞳に意思を宿した赤也が、反撃に出た瞬間だった。
fin.
08.11.12 加筆修正