「手塚ッ!手塚、開けて!!」
不二が必至に声を張り上げる。時は既に12時過ぎ。日付は変わり、月は雲に隠された。
「どうした、こんな夜中に」
部屋から出てきた手塚はいささか不機嫌だった。しかし、今の不二にそんなことを気にしている余裕はない。
「エージが・・・・エージがいなくなった・・・・・・・・!!」
「何・・・・どういうことだ?」
現状はいまいち把握できない。だが今にも泣き出しそうな不二を見て、ただ事ではないと一目で分かる。一度部屋に入り、同室の海堂と一言二言交わし、手塚は不二の後についていった。
「大石、手塚連れてき・・・・・」
「不二?」
入り口で立ち止まった不二の後から、手塚が部屋の中を覗き込む。手塚の目に入ったのは、立ち尽くす桃城と越前の姿のみだった。
「不二せんぱ・・・・大石先輩が・・・・・・」
―――――――――――――――――― 消
エ タ 。
立ち尽くす桃城の手に握られていたのは、先程まで大石が肩にかけていたタオルである。その手は僅かながら震えている。
「嘘でしょ・・・・消えるなんて・・・・・」
目の前で起こったのか、何が起きたのか分からないという面持ちで越前はかつて見せたこともない程怯え、桃城のTシャツの裾を掴んでいた。
「大石まで・・・・?」
「何があったんだ、桃城、越前!」
「大石先輩が、風呂場から出ようとしたら・・・・・・・すぅっと・・・・・煙みたいにいなくなったんです・・・・・・・」
悪夢でも見ているような気分だった。夢ならいっそ覚めて欲しい。そう強く思いながらも、あまりにリアルすぎる出来事に吐き気がこみ上げる。
「・・・・・・・手塚、食堂にみんなを集めよう。今日は離れない方がいい」
「・・・・・・・そうだな。これから単独行動は慎もう。・・・・・・・無駄かもしれんが・・・」
廊下の電気に反射した眼鏡の下で、何を手塚は睨んだのか。その場にいた3人は分からなかった。
唯一つ、この出来事は「人間」の仕業ではない。そのことだけは、強く、深く、胸に突き刺さった。
食堂に菊丸・大石の二人を除く7人が集まってから既に3時間。夜中の3時ちょっとすぎを回り、もうじき明け方となるところまで来た。
肌にまとわりつく空気がやけに暑苦しい。晩夏といえど、まだ気温は夏日を記録している最近。窓も全て締め切ったこの食堂は、もはや簡易サウナと化していた。
「・・・・・・・はぁ・・・・・」
何処からともなく聞こえ来るため息。何度目のため息だろうか。不二はテーブルの上に置いた握りこぶしを睨んだまま、思いを巡らせていた。
一連の出来事は、一体何から始まったのだろう。冷蔵庫の中の食材が消えたところから?いや、そもそも外の世界の音はいつ消えたのか。思えば来るまで別荘に来た時点で虫の声はしていなかった気がする。もし、ここら一体が夜になって鳴く虫の多い場所ならば・・・・?それでも風が吹いて木が鳴らないことの説明がつかない。むしろ晩夏といえど、蝉の一匹や二匹いて当たり前と考えるべきだ。食材が消えたこと、音が消えたこと、極めつけ大石と菊丸が消えたこと。何がどうつながっているのか・・・・・・・・・。
「そういや、海堂、お前何時頃寝た?」
「あぁ?んなこと聞いてどうすんだ」
「いいから答えろ」
「寝たもなにも、不二先輩が来るまで部長もオレも、本とか適当に読んでただけだ」
突然就寝時刻を海堂に問う桃城に一同は視線を移す。無論不二も例外ではなく、いったん考えることを中断した。
「窓は開けてたか?」
「あ?あぁ」
「なら、烏の鳴き声聞いたか?」
「烏・・・・・・?いや、聞いてないが・・・・」
「! そうか・・・・・!あの時か、エージが消えたのは・・・・」
不二が勢いよく立ち上がる。
「やっぱ、そうっスか・・・・・」
「どういうことだ、不二?」
「僕たち、部屋にいるとき今まで静かだった木々がざわめいて、瞬間烏の鳴き声を聞いてるんだ。きっとあの瞬間エージは消えた。それまで無音だった森が音をよみがえらせて、再び無に葬られた。・・・・・・・・つまり、これは・・・・・・・・・」
いったん言葉を切って座りなおす。誰もその続きを促そうとはしなかった。
不二の肩が震えていたから。
深く、深く深呼吸をして確かに呟いた。まるで吐息のような声でたった一言
「そう・・・・・。これは、神隠し・・・・・・・・・・・・・!」
ほかに説明の仕様がなかった。古より伝わる"神隠し"と照らし合わせるしか、他にどうしようもないのだ。
人が消える前、何か結界をくぐる。その結界の代わりを果たすものが「烏の鳴き声」だとしたら。無差別に、この別荘に"在る"人間を消すことが出来るとしたら・・・・・・・・・。ここに長居すべきではない。しかし。
「・・・・・・・・・大石先輩と、菊丸先輩は・・・・・・?」
すでに消えた二人を残して・・・・・。いや、正確には既にいない二人の帰還に望みを託すかどうか。諦めるならば去るべきであり、帰還を信じるならば残るべきなのである。
重く長い沈黙に、一人、また一人とため息を重ねる。食堂の振り子時計は4時を告げる。こんなにも時間が経ったのか・・・。意外と早く過ぎたこの一時間に思いをめぐらす。
「ちょっと、トイレいいかな」
「あ、じゃあオレも。」
トイレへ向かう乾の後を海堂が追う。壁際では越前がこくっと首を上下させている。
コートに立てば一丁前に大人な面構えだが、ひとたび睡魔に襲われるとまだ十分にあどけなさを残した顔を見せる。
「越前、風邪引くよ」
「っス・・・・」
起きているのか寝ぼけているのか。おそらく後者であろう後輩を気遣い、部屋を出る時何気なく持ってきたパーカーを夢の国へと片足突っ込んだ後輩にかけてやる。
そんなほほえましい光景を見て、手塚はしばし、置かれている状況から離れた。
「・・・・・・・あれ?さっきトイレに行ったのって乾先輩とマムシだけっすスね?」
「?あぁ、そうだが」
桃城の一言で一気に現実へ引き戻された手塚は若干恨めしい思いを込めてその人を振り返る。
「タカさんって・・・・・・何処いったんスか?」
「「・・・・・・・・―――――――― ッ!!」」
そう、事態は気づかぬうちに進行していた。既に河村が姿を消していたのだ。
おそらく4時を告げる振り子時計がなった瞬間。その前までは確かに一番出口に近い場所に座っていたはず。
「どうなってるんだ・・・・・!」
トイレに向かった2人を含め、これで残ったのは6人。すでに3人が消えてしまった。
いつもは五月蝿いくらいに騒ぎまくる部員たち。一人でも足りない状況がコレほどまでに寂しいとは――
・・・。
再び会えるときが来るのか知れない。自分も時期に消えるかもしれない。そんな恐怖の中、手塚は消えた部員を思った。
「・・・・・・・・・海堂が、消えた」
「え?」
桃城が、出口を見たままなおも呟く。
「・・・乾先輩も・・・・・・・・・。同じだ、大石先輩の時と・・・・・ッ!」
「桃・・・・・・?」
何故、何故桃城に乾と海堂が消えたと分かるのか。確かに帰りは遅い。だからといって消えたとは限らないのに。
「ッ!!越前ッ」
そこには、パーカーだけが残っていた。いつ消えたのかなんて知らない。気をとられただけで、今まで隣にいたはずの後輩が消えるのに気づかなかったというのか・・・・。不二は、もはや冷静な判断を下せずにいた。
「手塚っ越前が・・・・・・・・・・!・・・・・・・・・手塚・・・・・・?」
それはあまりに静かで、そして不気味だった。どう考えても今までの常識では計れない。人が、忽然と消えていいものか。なんの音沙汰もなくして、存在が消滅していいものなのか。
「不二先輩・・・・・」
「・・・・・僕たちだけになっちゃったね・・・・・・・」
覚悟を決めたのか、不二はコレまでないほどに穏やかに微笑んだ。それを見て桃城は言い難い頼もしさを覚えると同時に何故か涙が出そうになった。
「・・・・・・・・・これって、夢ですかね」
「だといいんだけど」
静かだ。文字通り、虫の鳴き音一つ仲間たちの話し声一つ。何一つ聞こえない。
「・・・・・・・オレ、たまに部活がやだなって思うことあったんです」
「うん?」
「部長に怒られて、越前に馬鹿にされて。1コ上なはずなのにてんで弱いし・・・」
夜が明け始めた。窓の外は、うっすらと明るくなり始めている。
「でも・・・・・・・。こうしてみんないなくなると、スッゲェ悲しいんスね・・・・・・・」
不意に、隣が冷たくなった。
「不二先輩・・・・・」
幸せに気づくのは、いつも全て終わってから。
「オレ、まだみんなと離れたくねぇよ・・・・・」
差し込む太陽と入れ違いに、透け始めた己の体。
「目が覚めたら、また会えるかな」
コレが夢ならば、目が覚めればみんながいる。
コレが現実ならば。たどり着いた現実の中で、いつしか記憶は薄れ行く。今は鮮明な記憶はいつか鮮度を失い輝きを失った記憶は、モノクロと化す。
失ってから幸せにしがみつこうとする。失ってから鮮度を取り戻そうとする。
「・・・・・・・・・オレも消えるのか・・・・・・・」
太陽は昇った。月は陰った。それはまるで幻を追いかけるような一日。彼らの行方は誰も知らない。
Fin.
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
タイトルは「幻を追う」という意味です。
謎を解き明かすのではなく謎は謎のまま、という若干煮え切らない終わり方ですが、これはこれでいいと思ってます。
彼らがどうなったのかは語られていませんがそれは皆様にお任せいたします。