おそらく自分は、薄情だと言われる側の人間なのだろうと仁王は思う。四方八方に愛想を振りまくつもりもなければ器用に生きるつもりもないので、大して困ってはいない。
ただ時々、そう、例えば今みたいな時は、さすがに、気にもするのだ。
「あれ、もっと凹んでるかと思った」
「なんじゃその言い方」
さむ、と一言呟いた幸村はけれどマフラーに手袋、それに厚手のコートという、むしろ暑そうな恰好でポケットに手を突っ込んで仁王の隣に腰を下ろした。
駅の裏手の今はもうすっかり寂れた公園の更に奥。高台へと通じる階段は、辺りの鬱蒼とした木々に遮られて冷たい風があまり吹き抜けない。ただ気温だけはどうしようもなくて、幸村をちらりと一瞥すれば自分も重装備でくればよかったと少々悔やまれた。
薄くはないものの短めのジャンパー一枚で寒空の下いるというのは赤也にさえも笑われそうだ。
短く、とても短く息を吐くと、仁王はここからだと少し下方に見える街を眺める。
伯父が死んだ。
一週間前の朝早くに鳴り響いた携帯は実家の父からかかってきたものだった。自分の兄だということもあり、普段陽気な性格である父の声は流石に沈んでいた。受話器の向こうから聞こえる弟の鳴き声はとても悲痛で、それをなだめる母の声も確かに震えていた。
あぁ、そういえば癌だと言っていた。
そしてもう会えないのか、と思うと少しだけ寂しくて、けれどそれだけだった。
確かに伯父との思い出は少ない。仁王が幼少の頃、従兄弟の家に遊びに行って顔を合わせるくらいで、他は正月や盆に数分言葉を交わす程度。
けれど他人と呼ぶには程遠く、親しいというには何かが足りないそんな距離。
それでも弟は泣いていた。声を大にして、泣いていた。
そう思うと仁王はぼんやり考える。
やはり、自分はおかしいのだと。
別に気づいたのは伯父が死んだからではない。前々から思ってはいた。感情の起伏が激しい、というよりはどこか欠落にも似た感じがする。
友達と別れるだとか、嫌いだと面と向かって言われたりだとかその程度は小学生のころから痛くもかゆくもなかった。悲しむ事は面倒で、怒る事すら億劫で、友達と笑い合うことは退屈凌ぎ。
それを劇的に変えてくれたのは今のテニス部員との出会いということは分かっている。
人に会うのが嬉しくなった。
人と話すのが楽しくなった。
人が、好きになった。
中でも幸村の存在は格別だった。
始めのうち人との距離のとり方が分からなかった仁王に対して、幸村は土足で仁王の内側に入り込んできた。それに対して今でも仁王は何故不愉快にならなかったのだろうと悩まない事もないが、おそらくは一目見たときから惹かれていたのだろうとも思う。
それは今でも変わることなく、幸村の側にいることが一番安らげる。幼子が母親を求めるように幸村を求めてしまうのだ。
確かに自分は変わった。けれど、薄情なのだろうと思う。
幸村は勿論、真田も柳も柳生も丸井もジャッカルも赤也もみんな好きだ。彼らはみんな無条件に自分を受け入れてくれるし、自分もまたそう。もしも嫌われたら、なんて考えが浮かばないほどに変に信頼してしまっていて、もはや依存の域に入っているのではないかとも思う。
おそらく、家族よりも大事なのだ。
だからこそ、自分は異常。
家族が嫌いなわけではない。けれど好きなのかと聞かれたら。
思わず苦笑がもれて、それまで黙っていた幸村が何、と笑う。
「俺は変人じゃのうと思うてな」
「そりゃまた今更だね」
「辛辣じゃ」
「…変人て、仁王はどうしてそう思った?」
仁王の様子が可笑しい事にははなっから気づいていた。一週間忌引きのために学校を休んでいたのは部活を通して知っていたし、本人の口からも聞いていた。ぱったり音沙汰なかったくせに、神奈川に着いてすぐなのかどうなのかは知らないが電話が突然かかってきたのだ。電話嫌いの癖に。
出てみたら力なくたった一言今から会えないかと聞かれ、正直寒いから出かける気はなかったものの、いいよ、と口は勝手に告げていた。
そして来てみたらこれだ。
ぼーっとしているのは幸村も仁王も普段からの事だが、今日はやけに静かで8割り増しでぼーっとしている。先程もらした苦笑も自嘲めいてさえいた。
けれど、この男は気遣われる事に戸惑いを覚える人間だ。
どんな環境で育ってきたかは知らないが、恐ろしく人に慣れていない。まるで手負いの獣。
「…におう?」
「俺な、伯父が死んだんに、涙一つ出んのじゃ」
「…うん。それで?」
「悲しいのかもわからん。家族が好きなんかもようわからなくなってきた」
これほどまでに仁王が幼く見えたこともないと思う。まるでどうしていいのかわかっていない。自分が手を引いてやらなければ前に進む事も出来ないのだろうかとさえ。
幸村は気づかれぬようくすりと笑うと、ふーんと気のなさそうな返事をして仁王の肩に頭を預けた。
初めて会ったときだっただろうか。見知らぬ場所で見知らぬ人との出会いという条件は同じ中、仁王だけ輪に加わることなく一歩はなれたところで傍観していた。
それは本当に加われないのではなく、加わらないといった感じで。
一人でも平気な強い人なのだろうなと、ぼんやり思った記憶がある。
「俺、薄情者じゃな」
ぽつりと呟いた仁王の声は淡々としていて感情を読み取ることは出来ない。
「俺もあんまり感情の起伏が激しい方じゃないけど」
それに返す幸村の声も単調で、次に来る言葉は全く予想できない。
「もし仁王が怪我したり病気になったりしたら、悲しいよ」
それは慰め。救えるだなんて微塵も思っていなければ、救おうだなんて偽善ぶったことはさらさらごめんだ。何か一つの言葉を以って救えるならきっと仁王はとっくに救われている。
幸村はだから敢えて、顔も見ずに独り言のように言う。救いが必要ならば必死に求めてみろ。そんな悪戯な考えが頭を過ぎる。
「…俺も、幸村が死んだら悲しい」
「ふふ、なんだよそれ。怪我とか病気とかはいいの?」
「だって会えるじゃろ」
「まぁそりゃそうだ」
友達がいなくなっても別に一人で学校生活を送ることは出来る。
最悪幸村以外の部員と離れたとしても、平気なのだろう。そこまで自分の痛覚が麻痺しているとはあまり思いたくないものだが、それでも事実は事実だ。
ただ、幸村だけは失いたくないと思う。それははっきりした感情ではなくただ漠然としているが、強く、ひたすら強く思う。
愛情なのか友情なのか単なる依存なのかはわからないけれど。特別な存在があるというだけで、少しだけ救われたような気になったのは、あまりにも自分勝手すぎるのだろうか。
Fin.
[ update 07.12.04 ]
何をかきたかったのかと聞かれたら自分にもわかりませんと答えるしかない。
とりあえず伯父さんを無駄に死なせて大変申し訳ない。(07.11.28)