CALL MY NAME

 

 好きだな、と思う。
 その風に踊る柔らかな髪とか、白い肌に影を作る睫とか心地のいい声とかすべて。
 けれど同時に認めたくないとも、思うのだ。

 自分が、幸村を好きだという感情自体、すべて。

 


 テスト週間になると当然のこと部活は休みになるわけで、いつもならコートで汗を流しているその時間を丸井は持て余していた。無論勉強しなければならないのだが、どうにもやる気が出ない。

(試したいステップ、あったんだけどな…)

 昨日思いついて明日試そう、と思ったもののテスト週間に入ると聞いてがくりと肩を落としたのはまだつい先ほどのことのように思い出せる。

 それもあるのだろう、とは思うけれど。
 どうにも思い当たる原因はそれだけではない。

 気づいていた。コートに視線を滑らせて見つめるのも探すのも対象が「テニス」ではないことに。その対象がたった一人に向けられている事に。
 気づいていたけれど、今まで認めたくなんかなかった。頑張っても、あがいても、追いつかないその背中に焦がれているなんて、5-0のマッチポイントから逆転しようとしてるようなもんだ。

 けれどその対象は、ガツガツ勝利を貪欲に求めているくせにそれを表に出さないのだから性質が悪い。
 穏やかで優しくて、いつでも微笑んでいて、まぁたまに怖いのだけど、思ったことをばっさり言うタイプであるのでいっそすがすがしいのか外見の所為なのか、誰にでも愛される。ちなみにはっきり、ではなくばっさり、と言うところがポイントだ。

「どうしたもんかねぇ…」

 既に人気のない教室で一人そう呟くと、本当に途方に暮れている気がした。

 


『あれ?元気ない』

 もう何年前になるんだろう。レギュラーになって少ししてからのことだっただろうか。とするともう4年も経ったのか。
 丸井は校門へ向かって歩いていく生徒の流れをぼんやり目で追いながら考える。

 この派手な頭とかガムを噛む癖とか、そんなオプションのおかげでどうにも不真面目な奴だと思われることが多かった。これでも必要最低限にやらなきゃいけないことは真面目に取り組むんだけどな、と思いながらもそれすら覚悟でしていることなのだから受け流してはいた。
 ムードメーカー。
 柳とか真田はよく丸井のことをそう言う。良くも悪くも、と付くところが少々問題ではあるが、それでも丸井がレギュラーに対して影響力を持っているのは明らかだ。
 それを丸井自身が分かっているために、今更実は率先して場を盛り上げるタイプではないのだと言う訳にもいかない。自分は空気の流れに敏感なだけであって、決していいムードを作れている訳ではない。

 しかし幸村は気づいた。他の人は気づかなかった些細な丸井の変化を見逃すことなく、声をかけた。

 その日は体調が悪かった訳でも天気が極端に暑かったわけでも寒かった訳でもなく、何気ない、本当にどこにでもあるような日だった。
 けれど人の笑う声どころか話す声にさえ反応するほど敏感に苛立っていた。
 まだレギュラーになり立てだったので下手に場を壊す訳にもいかず適当に話を持ち出して、いつもそうしているように笑い話に変えていたのだけど。

 あれ?元気ない。
 何で周りは気づかないんだろうとでも言いたげに首を傾げた幸村は、自分と同じくまだとても幼かった。
 気づかれた事それ自体には驚いたのだけど、気づいた相手が幸村だと言う事実の方に驚いてしまって、苛立ちがどこかに吹き飛んだものだ。

 なんでわかったの?

 丸井がそう聞くと、幸村はやはり怪訝に首をかしげて、だってどう見たっていつもと違うし、としか言わなかった。

 聡い人間なんだなと思った。一年のときから実力を認められレギュラーになるくらいだ。普通なら僻みの対象とかになるだろうに、すんなり先輩たちに受け入れられた幸村は、どちらかと言えば自分側の人間なのだと。周りの空気に敏感で、それとなく争いを避ける部類なのだと、勝手に思い込んでいた。
 けれどそれ以降注意して見るようになったのだけど、どうにも真田を怒らせてばかりいるし、柳は呆れてため息を付く回数が増えた。いよいよ部長になってきっちりまとめるのだろうかと好奇心半分で期待していたら、案の定まとめあげたのは真田だった。
 だからとてもとても聡いようには見えなかったので、気分の変化に気づかれたことに嬉しさを覚えるようになった。そう、4年も前から。

 


 認めたくなんかない。
 認めたところで報われる思いでもなければ、それ以前に届きはしない。

 幸村が求めるのは馴れ合いでも愛でもなければ、テニスをしている限りはずっと勝利と言う二文字なのだ。
 中学で病に倒れた時、誰よりも弱かったけれど、強かったのもまた幸村だ。自分はただ幸村がテニスをできなくなったらどうしようなんてことばかり考えて、気持ちを切り替えるのに苦労したと言うのに。
 一人の時にどれだけ泣いたのか知れない。親に八つ当たりしたかも知れないし、行き場のない想いをどこにぶつけたのかなんて知る由もない。けれど病室を訪ねるたびにその顔には微笑が浮かんでいたし、自分は出来なくてやきもきするだろうに、赤也が屈託のない笑みで早く戻ってきて下さいよと主人の帰りを待つ犬のように懐いても、じゃあ頑張らなきゃなぁと言いながらひとつ下の後輩の頭を優しく撫でるだけだった。

 誰より強い。だから、認めたくない。

 俺のことなんか眼中にないんだ。
 テニスと言う繋がりがあるから近くにいることが出来るけれど、それがなくなったら、廊下ですれ違っても振り向いてさえくれないのだろう。

 いつのまにか校門へと向かう生徒さえいなくなったことに気づいて丸井はハッと時計を見る。どうやら酷く長い間ぼんやりしていたようだ。時刻は既に5時を大幅に回っている。授業が終わってもう1時間以上経つのだ。

 そろそろ帰るかな。

 結局勉強は何一つしていないのだけど、どうにも学校にいること自体が落ち着かない。もしかしたら家にいた方が捗るかもしれない。
 そう思って無造作に鞄の中に道具をしまい始める。
 明日は土曜だ。一日中部活が出来るはずなのに、テストと言う存在が邪魔をする。幸村に会えないのは、やはり物足りない。それは認めざるを得ないな、と自嘲した。

 不意に、ポケットに入れたままの携帯が震えている事に気づく。ベストをブレザーの中に着る季節になると、なかなかバイブに気づきにくい。

「はーい、もしもし?」

 道具をつめる作業の傍ら、ディスプレイもろくに確認せずに電話に出ると、電話の向こうの相手はあれ、と声を漏らした。
 その独特の声を聞いて、どきりと心臓が跳ねる。

「幸村くん?」
『うんそう。まだ学校?声が響いてる』

 耳元から聞こえる声は、普段そこまで近くで声を聞くことがないからか、酷くくすぐったい。神経まで侵されそうなほどにくらりと戸惑う。

 何の用だろう。今日はミーティングさえもないはずなのに。
 大体にして幸村から電話が掛かってくるなんて初めてじゃないだろうか。

「あ、うん。まだ学校いた」
『やっぱり。勉強?』
「まさか」
『あはは、いいのかそれで』

 きっといつもみたいにちょっと肩をすくめて笑っているんだろう。
 容易に想像できるその姿が、たまらなく胸を締め付けた。

『そうだ、本題を忘れるところだった』
「本題?」

 けれど動揺なんて一方的にしてるだけであって、それを悟られるなんてそんなの癪だ。
 丸井はあくまでも普段通りを演じて軽く聞き流すように返事をする。

『明日部活ないだろう?勉強会やらない?』
「はぁ?勉強会?」
『うん。真田と柳生は口うるさいから声かけてないけど、お望みとあらば呼び出すよ』
「げぇ、いらねぇよ。つーか柳は来るんだ?」
『だって蓮二の家でやるし』
「なーる」

 声にはしないけれど、勉強会ねぇと丸井が呟く。会えるなら、行ってもいい。けれど行きたくない気持ちもある。
 自分はどこまで負けず嫌いで意地っ張りなんだろうか。
 自分のいないところで決まったそれに、やたらと嫉妬しているのだ。

 どうせ幸村は自分のことを見ていない。なのに、仲間と言う肩書きの所為で接点は増える一方だ。なんて悪循環。
 けれど自分から接点をなくすマネもできない。断る術を知らないかのように。

『どうするブン太』

 優しく、優しく、囁かれたその声に、自分の名前に、目を閉じて浮かぶ君の笑顔に。

「…しかたねぇなぁ、行ってるよ」

 どうしようもなく焦がれるのは、やはり認めたくはないけれど、君を好きってことなんだろう。

 


[ update 071219 ]


Fin.

 

 素直じゃないブン太。 ブン幸のテーマソングはバンプさんの『ベル』。
 (071218)