ねぇ、

 

 いつだって言いたいことは、それを口にする前に止められるんだ。
 やんわり笑って、俺の唇に人差し指を一本当てる。その誰でも出来るしぐさ一つで、俺は、まるで魔法にかかったみたいに動けなくなる。身も心も、全部があんたにしか向かなくなる。


 はじめは純粋に心配だった。性格はともかく見た目は誰よりも華奢で脆そうだったから、本当にこのまま俺たちのもとからいなくなるんじゃないかって、ただひたすらに心配だった。
 だから先輩たちが見舞いに行くって言ったらわがまま言ってでもついてったし、時には先輩たちの目を盗んで見まいに来たりもした。

 だけどいつからか、目的が変ってた。
 あんたの体はもちろん今でも心配だけど、それよりあんたに会いたくて仕方なくなった。

 バカだなと自分でも流石に思う。
 いくら美人だっても、俺の部活の先輩で、あんたは男。それも俺よりテニスも上手くて力も強くて、優しくて厳しくて大きくて、背伸びしたって全然届かない、偉大な男。
 格好いいと思う。だけど同時に可愛くて愛しいとも思う。

 とうとう俺は末期らしい。男相手に、今、俺は寝ているすきを突いてやろうかと本気で考えてる。

 いつも言いたくて言わせてもらえなかった一言。見透かしたように、どんなタイミングだろうと絶対言わせてくれなかった一言。
 寝てる今なら、言える。

 言える、のに。


「……。」

 ごくりと唾を飲み込む。
 傾き始めた太陽が、病室に色素を奪われた白い肌に長い長い影を落とす。

 まるで蝋人形だ。精巧に作られた人形。
 整い過ぎた寝顔が、こんなにも何かを駆り立てるなんて知らなかった。
 動けなくなる。あんたは寝てるのに、起きてないのに、いつもみたいにやんわり笑って俺の行動を止めようだなんてしてないのに、俺はやっぱり動けない。

「…ねぇ、幸村さん」

 かろうじてからっからの喉が押し出せた一言は、言いたかった言葉なんかじゃなく、あんたへの呼びかけ。
 目を開けてよ。俺を見てよ。ねぇ、幸村さん。俺、あんたのこと好きだよ。
 いつも言わせてなんかくれないけど。俺の気持なんか見透かしたうえで俺を甘えさせるけど。

 ねぇ、俺そろそろ限界だよ。

 規則正しく寝息を立てるあんたの頬にす、と手を這わせれば、わずかに眉をしかめて薄く唇が開く。なまめかしいその光景にいたたまれなくなって、あわてて手をひっこめれば、あんたはまたすうすうと安心しきった顔で眠り始める。

 魔法をかけているのは、あの笑顔でも人差し指でもしぐさでもなくて。

 今更ながら、俺的に衝撃の真実に気づけば、さらにこの部屋には居づらくなった。
 俺はきっと、自分で思うよりあんたに惚れてる。魔法をかけてるのは、きっとあんたの存在だ。あんたが好きだから、俺はいつだって言いたい一言を言えないんだ。
 まだ言えない。本気だから失いたくない。

 あんたは俺の気持全部知ってるけど、でも俺はまだそれに気付かないふりをする。まだ、まだ、後輩の仮面をかぶって、じっくりじっくり機を窺うよ。
 そして時間がかかってもいいから、絶対あんたを骨抜きにさせてみせる。


 ねぇ、幸村さん。
 俺まだまだ強くなれるよ。だから、退院したら、覚悟しといてね。



Fin.