Wohnzimmer

 

 部長たち元気かなぁ。大学生ってもう大人だよなぁ。

 自分が今、その大学生になるための受験期間に入っていることを棚に上げて、赤也はゴールデンウィークだからとたんまり出た宿題に手をつけることなくゲームの電源を入れた。
 本来なら今すぐに宿題は片付けてしまわなければならない。なんてったって休みは今日だけ。王者立海にゴールデンウィークなど存在はしない。普通に日曜が休みになる以外は練習漬けなのだ。

 にも関わらず赤也はテレビの前に胡坐をかいて座り、唇をぺろりとなめるとコントローラー片手に若干前傾姿勢になる。

「今日こそは全クリしてやる」

 誰に言うでもなくそう呟くと同時、机の上に置きっぱなしの携帯電話がバイブで着信を知らせる。

「もしもーし」

 やる気満々だった気を些かそがれて赤也はふくれっつらのまま、そして不満を隠すことない声のまま電話に出た。すると。

『随分と喧嘩腰だな赤也』
「いっ?! や、柳さん!?」

 ちくしょうディスプレイ確認してから出りゃよかった。でなくてもバイブ切っておけば。
 今更赤也は後悔したが解き既に遅し。バイブをきっておけば部屋一杯に盛大な音量で「ワルキューレの騎行」が流れたことだろう。ちなみにそれは柳専用であって、幸村専用着メロは「山の魔王の宮殿にて」だ。どちらもいつの間にか仁王とブン太によって設定されたものであるが、自分への戒めの意味もこめて赤也はこの着メロを中学時代から変えたことはない。ただの一度も。

『喧嘩する程元気が有り余ってるなら今すぐ精市の家に来い。いいか10分以内だ』
「えっ!?ちょ、待っ…!」

 ツーツーと無機質な音を立てる携帯が、これほど寂しげに感じたことはない。
 それより気になるのは柳の声がやや切羽詰っていたということ。嫌な予感がする。こういうときの自分の嫌な予感は、気象庁の天気予報より当たる。
 が、迷っている暇はない。10分以内といわれたら10分以内だ。1秒の遅刻もあの人は許さない。
ゲームの電源を問答無用で切ると、ジーンズに履き替えてチャリの鍵を握る。

 携帯と財布と…あぁもう!
 迷っている暇なんてない。ほら、時間はあと8分43秒。

「まずいまずいまずい」

 行きたくないんだけど行かなきゃいけないしまぁぶっちゃけ先輩たちには会いたいし。わたわたと慌てまくって左右で違う靴下を履いたことなど微塵も気づかぬまま、赤也は出かけてくると叫んで玄関を飛び出した。

 

 

 

 


「は!? 何スかこの部屋、てか部屋?」
「おい赤也。聞き捨てならないな」
「お前は黙っていろ精市」
「幸村…お前どうしたらこんな部屋に…」
「なぁ赤也、お前どうして左右違う靴下なんだ?流行?」
「んなわきゃないでしょ。急いでたんですよ!」
「2人とも黙れ。」

 春から一人暮らしを始めた幸村のアパートになんとか滑り込みで到着できた赤也は、インターフォンを押して久しぶりに見る幸村の朗らかな笑顔を見て部屋に招き入れて貰うと同時に、やっぱ部長って中性的だよなぁなんて考えは吹き飛んだ。

 酷すぎる。
 もともと物が少ないはずの部屋なのに、足の踏み場もないほど散らかっている。

「久々に訪ねてみたらこの有様だ。どう頑張っても俺一人じゃ片付け切れん。お前達も手伝え」

 そしておまけに報酬は精市から貰えと、どう考えても無報酬労働を宣言して、柳はしれっと片づけを始めた。
 呼ばれたのは何も赤也一人ではなかった。最初真田の姿を見つけた時になんだ副部長もかと落胆しないでもなかったが、今思うとナイス判断だ。とても2人じゃ片付けられる量じゃない。

 

 ごみが散らかっているのではない。服は脱ぎっぱなし、なのか洗濯し終えているものなのか、とにかくオン・ザ・床。雑誌や小説、また大学の教科書類も棚があるのに棚にしまわず、オン・ザ・床。あんまり間食なんてしないくせに買い貯めたお菓子もオン・ザ・床。要するに、しまわれるべき場所にしまわず、すべて床に置いているのだ。
 そうなると収納道具である本棚だとかクローゼットの扉だとかも邪魔に見えてくる。
 元は本棚に机、テーブルにベッドといういたってシンプルな部屋だったのに、足の踏み場がなくなるとそういった大きな家具が非常に邪魔だ。現に柳はベッドの足だとか机の角だとかにぶつかるたびにチッと舌打をかましている。ここまで来ると幸村も従わざるを得なくなるわけでしぶしぶ片付け部隊に参戦した。

 赤也も真田も言わば被害者である。別に片付ける義務はない。が、柳からお呼びが掛かってしまえば断れない。幸村に対してもそうだが、またそれとは別に柳は断りにくいオーラを出している。
 ちらり、と赤也が真田を盗み見たらば、真田は真面目に雑誌を日付順に並べながら本棚に戻していた。三段ある本棚に、一番使うであろう教科書は一番上に。小説は二段目に、一番下には雑誌類、と几帳面に並べていく真田の大きいけれどこじんまりした背中を、赤也は哀れみの念をこめて見つめる。

(どーせ明日にはぐっちゃぐちゃになんだろうに…)

 これがかつて日本ジュニアテニス界皇帝と呼ばれた男だろうか。
 そもそもそこを突っ込んでしまったら、これが日本ジュニアテニス界最強の神の子と謳われた男の部屋だろうかという話になるので思い切って割愛しよう。

 ともかく本類は真田、洋服は着た物、着てない者の判別を幸村、その片づけを赤也、掃除洗濯炊事は柳という担当でかれこれ2時間半。
 片づけをしている間の時間というのは人によっては早いものだが強制的にさせられている赤也にとってはバカみたいにゆっくりだった。


「柳さーん、俺晩ごはんはガッツリ食いたいでーす」
「言われなくともそのつもりだ。だから晩飯が出来上がるまでにノルマくらい片付けろ」
「うえぇ!?」
「あはは、赤也余計なこというから」
「元はアンタが片付けない所為でしょ。ていうかさっきベッドの下から柿ピー出てきたんですけど!」
「え? あぁ、ぶちまけた時のかな」
「どうしたらぶちまけるんですか」
「ぬ? 幸村、この小説8巻だけ抜けているぞ」
「あ、うん。8巻は番外編だって言うからいらないかなと思って」
「そうか。ではそのまましまっておく」
「うん。ご苦労様」


 完全に上から目線だ。赤也は声にすることなく口ぱくでそう言ったが、なにと幸村にすぐさま睨まれて縮こまった。昔からそうだ。この人には何故か自分の思考が読まれているんだと、止まっていた作業を再開する。

 

 

 鼻をいい香りが掠める頃、ようやく床が全面見えるようになっていた。まだベッドの上にたたんでいない服は乗ってはいるが、掃除機を掛けられるようになっただけ大健闘だ。
 洗濯機も3回くらい回したようだし、部屋中洗濯物だらけで後は片付けようがない。その洗濯物の中に明らかな冬物だとか夏物があるので、それらをまた仕分けしてしまわなくちゃいけない(と柳に釘を刺されている)ので後はどうすることもできない。とするとノルマ達成かなと赤也は思い切り背伸びをする。

「お疲れ赤也」

 試合で勝ったときのように優しく微笑んで頭を撫でてもらったが、そんなものじゃ騙されない。元はといえば幸村がしっかり片付けていたら済んだ話。

「幸村さん、俺、」
「じゃあ精市。俺たちは帰るから」
「あぁ、うん。ありがとう蓮二、真田。また頼むよ」
「御免被る」
「で、ではな、幸村。週に一回でもいいから掃除をするんだぞ」
「…うん、まぁ気が向いたらな」
「え、ちょ、柳さんたち帰るんですか?」
「あぁ。晩飯は作ってある。勝手に食べろ」
「は、はぁ…」

 そう言ってひらり手を振りドアを閉める柳。閉まる間際ため息をついたように見えたのは恐らく気のせいじゃないだろう。


 それはそうと。

「なんで柳さんたち帰ったんですか」
「さぁ?今日来たのも突然だったし」
「はぁ」

 まだ服が乗ったままのベッドに幸村はぼふっとダイブする。あぁ、せっかく一応種類ごとに分けておいたのに努力がわずか一瞬で水の泡だ。
 赤也の気が若干遠くなったところで、幸村は枕を抱えた格好のまま、さぁて晩ごはんーとメロディをつけて歌い出した。

「いや、ここ俺ん家じゃないんですけど」
「そうだよー俺の家だよー。でもお腹すいたママごはんー」
「あんた…」

 もはや突っ込む気力さえない。いそいそと食器の場所を探り当てて、鍋の蓋を開ける。
 匂いがしていたからカレーだとは思っていたけど、実際にご飯に掛けると何故かとても豪華な食事に見えてくる。

 テーブルだけは死守していたのでその上にカレーを運ぶと、それまでぐでっと伸びていた幸村が俊敏に起き上がった。

「わーい!蓮二のカレーおいしいんだよ」
「あの人ホントなんでも出来るんですねぇ」
「…赤也は何でも出来る人の方が好き?」
「えっ?」

 突然。本当に突然だ。
 声のトーンがいきなりしおらしくなり、幸村が俯いてしまうものだから赤也は酷く動揺した。

(え、なに、これはもしかして幸村さんを傷つけちゃったとか!?)

 普段は何をしても動じない幸村だからこそその反応は予想外で、おまけに好き?なんて若干甘えたような声を出されたものだから思考は一気にフリーズした。

「あの、俺、幸村さ…」
「ぶふっ」
「…え?」
「本気にしてやんのー。さぁ食べよういただきまーす」
「いただき、ます…」

 黙っていたらそれこそ人形のように美人な男の先輩は、やっぱバカなのかなちっとも学習しないね、と満足げに微笑んでカレーを頬張っている。
 言われてみれば過去に何度か似たような手で騙された気がしないでもない。それだけ自分はこの人に振り回されているのかと思うとだいぶ情けなくなるのだがまぁ幸村さんなら仕方ないかと思う自分もいる。

「…幸村さん」

 だからこれは悪あがきだ。きっと仕返しにもならない、本当にただの悪あがき。

「俺、掃除も炊事も出来なくても、柳さんより幸村さんの方が全然好きですよ」

 こんなことを言われたところで幸村が喜ぶはずもしてやられたと思うはずもないのだけど、無性にそれだけは伝えたくて、言っておきたくて。

「赤也の癖に生意気」

 それでもさっきより満足した顔で赤也の鼻を力の限りつねるのだから、まぁそれでもいいかなと思う。鼻をつねるのだけはやめてほしいけれど。

 

 


[ update 080313 ]

 

Fin.

 まぁ途中から何を書いてるのか自分でもわからなくなったって話だよね。
 いつもとは違う感じの幸村にしようと思っていたのに結局同じになってしまうという。
 タイトルはドイツ語でリビングルームという意味です。