HAPPY WINTER

 

 そう、夢だった。
 好きな人と一緒の年越すっていうことは、なんだか大人の仲間入りみたいな感じで。

 

 

 高校を卒業して2年。ようやく二十歳になって、実家に帰らなくてもいいようになって。そんなはじめての年越し。
 当初幸村の家で年を越す予定だったのだが、大掃除をしたら逆に汚くなったと言ったために急遽赤也の部屋に変更になった。が、赤也の部屋はお世辞にも広いとは言えず、ベッドにテレビ、そして中央にコタツを置いただけでいっぱいいっぱいな部屋に男二人仲良く座るというのも限界があった。


「狭い」


 赤也の部屋に着くなりコタツにもぐりこんだ幸村は、紅白を見ながらしきりにその言葉を繰り返している。ご機嫌はどうやら斜めらしい。口を開いて出る言葉と言ったら全てが批判だ。
 やれ狭い、やれ歌が下手、コイツ誰。
 そんな言葉が、黙っていれば温和で優しそうに見える口から飛び出すたびに、赤也は逃げ出したいほどの恐怖に駆られていた。こんな時はろくなことがないとかつての経験が物語っている。


「赤也」
「はいっ」
「紅白見るよりも、もっといいことしようよ」


 男にしちゃやたらと長い睫毛だとか、黒目の大きい瞳だとか、化粧したみたいに白い頬とか桜色の唇が、まるで自分を別の世界へいざなうかのように自分にだけ特別な表情を見せる。
 こくっと半ば放心したように頷くと、若干潤んでいるように見える瞳がふわっと一瞬間やわらげられる。と、同時に。


「ってェーッ!!!!!」


 猛烈に右足を襲った鋭い痛み。


「いででででっ」
「あはは、赤也の皮よく伸びるー」


 こたつに片頬をつけただらけた姿勢のまま、幸村は心底楽しそうに、けれど綺麗に笑う。そんな見た目は綺麗な外見の男が、コタツのカバーをめくれば右足の指先で器用に赤也のふくらはぎをつねっているのだ。綺麗な花にはとげがあるどころか、幸村の存在は綺麗なとげだ。
 赤也は予期せぬ痛みに対処するすべもなく、ましてや幸村相手につねり返すわけにもいかず、歯を食いしばって必死に逃げようと地味な抵抗を繰り返す。どうせ飽きやすい幸村のこと、すぐやめるだろうとの判断だったのだが、生憎赤也をいじることに関して幸村の忍耐は結構に長い方で、紅白は3分で飽きようとも赤也のリアクションを見ていたら3日でも1ヶ月でももつ自信がある。その辺で幸村は赤也を好きなことを自覚していた。


「ぶ、ちょ、まじ痛いッス!」
「気のせいだよ」
「なわけないじゃないですか!今もろに俺の脚つねってますから!」
「ざんねーん!って言ってた人何処いったんだろうねぇ」
「ちげー!話の流れ戻してー!」


 腕力だけでなく足の力も異様に強い。すらっとした綺麗な指だったと言う記憶はあれど、どうしたらそこまで指の力が発達するのか分からない。それも足の。


「あ、じゃあさ、雪合戦は出来ないから蹴り合いやろうよ」
「接続詞を間違えている上に話に脈絡がありません」
「すごいな、赤也頭よくなったんじゃない?」
「元から国語は得意でした」
「英語よりはでしょ」
「ていうかせめてつねるのやめてください」


 忍耐力と慣れというのは凄いもので痛いものは痛いけれど最初ほどじゃない。幸村の力が若干弱まったと言えど、おそらく普通の人間ならば未だ地味な抵抗を繰り返しているだろう。
 けれどもう8年近く幸村の傍で幸村の餌食になり続けているのだ。痛覚の一つや二つ、簡単に吹き飛んでいてもおかしくはない。その上幸村と(奇跡的に)付き合うようになってからは5年近くが経っている。付き合う上で諦めることは最も重要であるし、何より常識にとらわれた考え方では付き合うことは出来ない。常に「常識 幸村Ver.」を作り出しているのだ。


「あれ。いつの間にか紅白終わってる」
「えぇっ!? 俺殆ど見てませんよ!」
「ちゃんと見てなきゃ駄目だろー」
「アンタが常になんか食いたいって言うから作ってたんでしょ!」
「そうかー今年も白組が勝ったかー」
「聞いて!」


 聞いてるよ。
 そういって楽しそうに笑う幸村は、もう半大人だというのに子供みたいにとても無邪気。中学、高校時代よりも僅かに短めに落ち着いた髪がそんな幸村の表情を隠すたびに、赤也はすっと手を伸ばして髪を梳いてやりたくなる。実際にそうしたなら生意気と言う言葉と共に右ストレートが飛んでくるものだから行動には移さないのだけれど。


 あと15分ほどで新年を迎える。
 子供の頃、好きな人と新年を一緒に迎えるのは大人のみに許されたことのような気がしてとても羨ましかった。高校生になって初めて部活で年越しをしたとき、家族ではない繋がりで新年を迎えることの楽しさだとか嬉しさだとか、そういう素敵な感情をたくさん貰った。だから「たった二人で」という夢はより膨らむ一方で、大学生になって一人暮らしをはじめてチャンスだと思った。
 予定では自分の部屋より広い幸村の部屋で新年を迎える予定だったのだけど。


 もう子供じゃない。けれど大人でもない。微妙な年齢の自分たちは一人で生きていけるほど強くもなくて、たまに人肌恋しくなるときもある。

 普段は授業を受けてバイトをして、ただ寝泊りするだけの部屋なのだけど、その自分しか入ることを許していなかったテリトリーに幸村が今一緒にいると言う事実が、不快を感じるどころかありえないくらい幸せなことのように感じてならない。
 確かに狭くて汚い部屋なのだけど、隣に幸村がいる。一緒に同じものを食べて、思い出話に花を咲かせて、一緒に笑って。それだけのことで、自分は幸せなんだと実感することが出来る。お手軽だけど最大級の幸せだ。

 思わず緩む頬を抑えることもせずに「あと10分ですね」なんていったら、幸村は怪訝な顔を向けて「きもーい」とコタツにもぐりこんだ。こんな子供っぽい幸村を、今の大学の友達は知っているのだろうか。かつての仲間は知っているのだろうか。
 無駄に、本当に要らないくらい要領はいいだけあって、猫をかぶるのは幸村の得意分野だ。だからなまじ外見が美人なだけに騙されている連中も多い。

 だから隠しもせずにありのままの幸村をさらけ出してくれていることが嬉しい。きもいと言われようがワカメといわれようがただのバカと言われようが、全てが愛情の裏返しに聞こえてしまうのだ。都合のよすぎる頭も時には問題だとわかっていながら。


「幸村さん」
「んー?」


 仰向けに寝転んで、幸村はみかんをぽんぽん投げている。そんなロマンチックのかけらもない雰囲気で。


「今年はお世話になりました」
「今年もだろぃ」
「そこで丸井先輩のマネはやめてくださいよ」
「プリッ」
「…………。」
「え、ちょっと、つっこんでよ。何『あ、それはちょっと可愛い』みたいな顔してんの」


 実際そう思っていたのだけど。とは言葉にしなかったけれど、自分が引き返せないところまで来ているのは確かだな、と赤也は思わず苦笑する。
 起き上がった幸村の髪はぼさぼさになっている。本当に雰囲気のカケラもねぇやと思いながら。


「来年も、こうして一緒に年越し迎えられたらいいですね」
「来年だけ?」
「まさか。これからずっと」


 そうしてコタツの上に置かれていた幸村の左手をぎゅっと握って、満足げに幸村が微笑んだ後。右手に隠し持っていたみかんが勢いよく赤也の顔に命中するのと年が明けるのはほぼ同時だった。

 

 

Fin.


 相変わらずおばかな二人です。今年も宜しくお願いします。
 (08.01.03)