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夏を告げるBGMが、耳を劈くほどの大音量で睡眠の邪魔をする。
…眠いのに。
赤也はベンチから体を起こすと、汗ばんだ額に張り付く前髪をかきあげた。
テニスコート裏のちょっとした避暑地。生い茂った木々が涼しい風を運んでくるその場所に、ベンチが丁度よくあると教えてくれたのは誰だっただろうか。
仁王先輩だったかもしんない。ともなければ丸井先輩だ。
首もとのネクタイを今より更に緩めて、そしてまたベンチに寝転ぶ。
見上げた空は、木々の向こうでぎらぎらとしている。辺りで蝉は煩いほど自分の存在を主張しているし、体感温度は涼しいが景色はどう見ても真夏だ。
目を閉じて、再び体を睡魔に預ける。どうしてこんなに眠いのだろう。睡眠時間が足りていないわけでもなく、部活も別段ハードなことをしているわけでもない。
なら、なんで。
「あれ、夏バテ?」
かさり、と草を踏む音と同時に心地よく響く声。柔らかいくせに揶揄の色を含ませた声の持ち主は、寝転んだままの赤也に影を落とした。
「部長」
「珍しいな、昼休みにここに来るの」
眩しかった。
逆光で幸村の表情は見えなかったが、ただ眩しくて目を細めた。
体を起こして幸村の座るスペースを作ると、幸村はペットボトルの蓋を開けながら腰を下ろした。そして一気に半分くらい喉に流し込んでずるりと背を滑らせる。
「あっついなぁ」
「部長暑いの苦手そうですもんね」
「夏は嫌いじゃないけど暑いのは嫌だな。寒いのも嫌いだけど」
「我侭っすね」
「あはは、赤也に言われたらおしまいだ」
そしてまたペットボトルに口付け、今度は少しだけ口に含むと持ってきた袋からがさがさとパンを取り出した。
あぁ、昼か。
だからここに涼みに来たというのに、弁当を持ってくるのを忘れたことに赤也はそのパンを見て気づいた。
その様子に幸村が気づかないはずもなく、再び袋をあさるとメロンパンを赤也に差し出す。
「え?」
「食っていいよ。まだあと3つあるから」
「3つってアンタどんだけ食うつもりなんだよ…」
「お前みたいに夏バテになんないように、いっぱい食べないと」
「別に夏バテじゃあ…」
「食欲沸かない、だるい、何をするのも億劫だ、面倒くさい、やる気しない。どれか一つ当てはまったら夏バテ」
「それ食欲沸かない以外全部一緒じゃないですか」
それにどれか一つでも当てはまったらとか。
そんなことを言ったら仁王先輩は年中夏バテしてることになる。
赤也は貰ったメロンパンの袋を開けて、半ばヤケクソ気味にかぶりつく。甘い。普段メロンパンなんて食べないからそれはやたらと強調されて、喉は水分を欲しがる。
「部長、お茶一口下さい」
「あぁはい」
容器の側面に着いた水滴が、腕を伝って滑り落ちていく。そんなことを思いながら口をつけると。
「ふふ、赤也と間接チュー」
「ふごっ!!!」
足をばたばたしながら幸村は、素敵なリアクションをかました後輩を見て盛大に笑った。
「はが、鼻にお茶がっ…!」
一生懸命、涙目になりながら鼻をすする赤也を見て幸村は、赤也が手に握ってたペットボトルを取り上げる。そしてそれを一口含むと、未だ鼻に入ったお茶と格闘する赤也を見上げた。
「どうせなら間接じゃなくて直接してみる?」
「ア、アンタ熱で頭おかしくなったんスか?」
「赤也は年中おかしいだろ。それに夏は恋の季節だぞ」
「んなこと言ってるとホントにしちまいますよ」
痛い。鼻の奥だけじゃなくて、ふざけて言われたその一言が。
余裕綽々な幸村の態度が気に入らなかった。自分はずっと視界に入れてきたというのに。そんな夏だから盛り上がるレベルの想いではないのだ既に。
だからちょっと向きになって真剣な顔で幸村を覗き込んだ。
待ち受けていたのは、うろたえる幸村でもからかう様な幸村でもなく。
「いいよ、赤也なら」
どこまでも挑戦的で、誘惑的な笑みを浮かべた幸村。
鼻の痛みなど、幸村の顔を覗いた時点で忘れていた。ただ魅惑的な笑みに思考さえ奪われて、蝉の声すらも耳には届いていなかった。
ごくりとつばを飲み込む。
涼しいはずの場所なのに汗はあごを伝ってぽたりと落ちる。
隣に座るだけで、互いの体温を感じる夏だというのに。
すべてを溶かしてしまいそうなほど熱く、触れ合った唇は、不思議ともっと触れていたいほど心地よかった。
Fin.
真面目な話にしようと思ったのに、どうにも幸村を遊ばせたいみたいです私は。
(08.02)