realize

 

「 ま た 負 け た !! 」


 うがーっと叫んでしゃがみこみ、赤也はその独特な頭をかき回す。
 何で勝てねぇんだよ、と涙目で見上げた先にはそれまで試合をしていたとは思えないほど余裕面をした幸村の姿。


「まだまだ甘いな、赤也」
「まだまだ余裕ですね、幸村部長」
「いやでも汗はかいたぞ。強くなったじゃないか」
「勝てなきゃ意味ねっス」

 立ち上がって額の汗を無造作に拭う赤也を見て幸村は笑う。

「何笑ってんですか」
「え?いや、頑張るなぁと思って」
「当たり前ですよ。絶対勝ちますから」
「うん。楽しみにしてる」
「うがーっ!わかってねぇ!つーかなめられてんのか、俺!!」


 くるっと踵を返してずかずか歩き出す赤也。
 どこ行くんだという問いに便所っスと返され、また幸村が笑った。


「・・・大概素直じゃないな」

 赤也も、俺も。と付け足して。

 

 

 


「あまり赤也で遊ぶなよ、精市」


 上機嫌で1年に練習メニューを指示する幸村の頭に、柳はぽんと手を置いた。
 それを幸村は邪険にするでもなく、バレたか、とくすぐったそうに肩をすくめる。

「何を賭けたんだ」

 そう言われて元から小さくはない目をいっぱいに広げてまじまじと柳の顔を見、そしてまたすぐにいつも通りの笑みを浮かべて両手を軽く挙げた。

「参った。そこまでお見通しか」
「まぁな。ここ一週間近く、毎日赤也はお前と試合をしてるからな」
「さすが参謀。侮れない」

 足元にぶつかったボールをコートに返しながら、元気に丸井達に遊ばれる赤也を一瞥する。
 耳を澄まさなくとも聞こえてくる「ぎゃー何やってんスか!」だの「それ俺のスポドリ!」とかいう悲鳴にも似た叫び声。
 おそらく丸井か仁王にスポドリを飲まれたのだろう。

 

「赤也がさ、」

 こういう時といっても大抵が赤也を見ているときなのだが、ほとんどと言っていいほど幸村はおもしろおかしく笑う。
 やさしげに、ではなく。
 そのことに気づいていながら、それでも幸村だからと言う理由で片付け柳はあぁ、と話を促した。

「俺にキスしたいんだって」
「ストレートだな、赤也らしい。それで?」
「でも簡単にしちゃったら面白くないだろう?」
「お前がな」
「うん。だから、俺に勝ったらいいよって言った」

 成る程それで。
 柳はため息交じりに苦笑した。幸村は幸村で、また赤也のほうを見て笑う。

「ブチョー!笑ってないで助けてくださ、あっちょっと丸井先輩、苦しッ!」

 ぐいっと首に回された腕が赤也の頭部を持っていく。
 「何余計なこと言ってやがんだよ」なんて少し焦りながら半ば本気で後輩の首を絞める丸井を後ろから仁王が死ぬぜそれ、と他人事のように傍観する。

「丸井、殺すのだけはよしてくれよ」
「 殺 す か っ て の !」

 いいなぁ仲良しで。穏やかに、それでも何処か拗ねた風に幸村が呟いた。

( 自覚はないんだろうな )

 もしかすると赤也よりも子供っぽいから。そこまで考えて、柳ははたと気がつく。

「精市」
「うん?」
「その勝負は、」

「ブチョー!」

 がば、と勢いよく幸村に抱きついたかと思うと、赤也は「あの人本気で殺す気っスよ」と猛抗議を始めた。余程苦しかったのだろう。


「・・・・・・・赤也」
「はい?」

 首だけで柳に向き直すと、まるで哀れむような目で見られた。

「テニスに打ち込むのもいいが、なにも世の中テニスだけじゃないぞ?」
「はっ?」

 頑張れ。そう一言付け足して、丸井達の元へ歩き出す柳。

「…俺、転部を勧められたんですかね」
「さてね」

 なんとかな子ほど可愛いとはよく言ったものだ。
 未だ抱きついて離れない後輩のちょっと頼りない背中に手を添えて思う。

「それより明日も試合するのか?」
「当たり前っスよ、ちゅーがかかってんスから!」
「ふふ、頑張るなぁ」
「それさっきも言われました」

 顔いっぱいで不満を表す赤也。
 そろそろ教えてあげてもいいのだけど。
 でもそれをしないのは、赤也のまっすぐな気持ちを毎日ぶつけてもらえるからだと幸村自身はわかっている。
 わかっていて、楽しんでいるのだ。この勝負を。

 勝つか負けるかではない。赤也が気づくか、気づかないか。無論気づかないほうに賭けた幸村の中での、勝負。
 ――――― 精市、その勝負は
 柳はすぐに気づいたと言うのに。
 (まぁ柳だから気づいたともいえるのだが)

 

「幸村部長」
「ん?」

 それでも目の前の後輩は。

「この勝負、無期限っスよね」
「あぁ、期限決めてなかったな」
「俺勝つまで賭けは降りないんで、それまで誰ともちゅーしちゃダメですよ」

 あくまで、テニスで勝つつもりなのだ。

 にっと笑って、そしてまた走り去る。猫のように気まぐれで、犬のように懐いてきて。

「・・・・・・仕方ないな」

 おそらく自分の中の賭けには勝つだろう。けれど、同時に負けた気さえするのだろう。
 絆されているのは、自分なのだと。幸村が気づくのはもう少し後だけれど。

「・・・・・何も、テニスで俺に勝たなくても、いいんだけど」

 その事実に赤也が気づくまでには、さらに時間がかかりそうである。

 


FIN.

適度にあしらう幸村と、アホな子(赤也)が好き。
08.11.12 加筆修正。