My sweet sweet After Story

 

 
 夜になると幾分雰囲気を変えるそのカフェに、マフラーに顔を埋めたスーツ姿の男が足早に来店した。
「いらっしゃいませ…あぁ、景時ですか。お久しぶりです」
「久しぶり弁慶。あれ、今日は九郎も来てたんだ」
「…お前、背筋くらいしゃきっと伸ばしたらどうだ」
 景時と呼ばれた男は、あんまりにも寒いもんだからついね、と人の良さそうな笑みで九郎と呼ばれた青年に返事をする。その青年が来店した男にややきつい一言を投げかけたせいで流れた、店長である弁慶のぞんざいな一言に突っ込むものは他に誰もいなかった。
 マフラーとコートを勝手知ったるなんとやらで一件飾り棚に見えるクローゼットを開けて掛けると、景時は奥から3番目――奥から2番目の席に座る九郎の隣に腰かけた。
「コーヒーでいいですか?」
「うん。あとシーザーサラダも」
「おや。ここで摘まんでいっていいんですか? また妹殿に怒られるのでは?」
「あーうん、でも今日昼抜きだったからお腹すいちゃって」
「忙しそうだな」
「社会人は忙しいものですよ」
 そう言って弁慶は九郎にフォンダンショコラを差し出すと、九郎は少しばかりむ、としてダージリンを口に運んだ。
 その姿を見て弁慶がつ、と手を止めると、景時は勝手に厨房から手を伸ばして取ったおしぼりで手を拭きながら首をかしげる。
「どうしたんだい、弁慶?」
「あ、いえ。…ただ、九郎の仕草が、よく知る子にそっくりだったもので」
 こぽこぽと音を立て、コーヒーが丁度いい量でカップにおさまる。
 と同時にカチャンと音を立てて、九郎が更にフォークを若干の勢いをつけすぎておいた。
「おい待て、子というからには絶対に年下だろう」
「僕からしたら君だって"よく知る子"ですよ九郎」
「馬鹿にして、」
「あ、もしかしてあの髪飾り贈った子?」
 九郎が顔を赤くして憤る隣で、景時がのほほんとシーザーサラダを頬張る。話している途中だったせいで口が不格好に開いたまま景時をじとりと睨む九郎は、弁慶からすれば本当に可愛い弟のような存在でなんとも微笑ましい。
 そして合点がいく。
(なるほど。道理で初対面の時から親しみやすいわけだ)
 原因はそこではないにしろ、きっかけであることに変わりない。
 真っ直ぐでわかりやすい感情表現だとか、子供っぽい仕草とか。どことなく見なれた光景で、なんだか目が離せないと思えば、まさしく手のかかる弟のような存在のせいではないか。
 どうしてか年も生い立ちもばらばらな3人が、こうしてつるむようになって随分と経つ。景時も九郎も、勿論弁慶自身も、もう3人でいることが当たり前で、今更の上下関係など気にしていなかったが、確かに九郎は弁慶より年下で、まだ社会人にさえなっていないのだ。
「弁慶?」
「え?あぁ、すみません」
「あの髪飾り、喜んでもらえた?」
 景時の先の問いに弁慶は答えていないが、弁慶の様子を見てそれが肯定だということがわかるくらいには景時は弁慶を理解していたし、逆もまたそうだと思っている。
 だから景時はあえて答えを聞かずとも、本当は髪飾りが喜んでもらえたかどうかもわかっていた。だって、話を聞く限りでは、その弁慶の片思い相手も弁慶に片思いしているようだったから。
 会ったことはないけど分かる。
 弁慶は当事者だから臆病になってるだけで、弁慶を通して聞いただけでも二人が両思いだなんてきっと九郎でもわかるだろう。ただ九郎には弁慶からその話がいっていないようで、隣でしきりに髪飾りとはなんだ、とか、一体何の話をしてるんだお前ら、とかちょいちょい口をはさんできている。
 景時も、そんな九郎を弟のよう思っている。
 大人びていてしっかりしている面も確かにあるのだけど、それは責任感とか期待を背負っているからで本当の九郎は脆くて泣き虫で、だけど強い。その強さに憧れも嫉妬もするけど、それを消化できないほど子供ではないし、九郎のそんなところは美点だと素直に思える自分だってちゃんといる。
 馬鹿にするな、とか、子供扱いするな、とか口では憮然とのたまうけれど、フォンダンショコラを好んで食べにくる、そんな甘党の九郎が景時にとっては可愛くて仕方ないのだ。
「喜んでもらえたといいのですけどね」
「きっと喜んでるよ、その子も」
「だからお前らはさっきから何の話をしているんだ」
「九郎、フォンダンショコラが冷めてしまいますよ」
「!」
 事実だけれどあしらうために口にした弁慶の言葉に、ハッとして九郎がフォークを握るものだから、弁慶と景時は顔を見合わせて同時に笑った。そんな二人に眉根を寄せてにらみを利かせる九郎だが、その顔がまた拗ねて見えるものだから、二人のツボを刺激するだけだ。
 そんな九郎が事の詳細を聞き出すのと、弁慶と片思い相手が晴れて付き合いだすのと、一体どちらが先だったのかはまた別の話である。
 
Fin.
源氏の重圧のない九郎は、性根が素直な分すごく子供っぽくなると思うのです。